第2話 燐介、放蕩王を紹介される
一時間後。
「リンスケ~、ごめんね~。そんなこみ入った事情があったとは知らなかったから」
エリーザベトがあっけらかんと謝っている。
「サナさんもごめんね」
「いえ、燐介が悪いので問題ありません」
いや、俺は悪くないよ!
今回の件で俺が悪いなんて言われたら、やってられないよ!
パワハラとかそういう世界だ!
こんなことは許されるべきではない!
「……燐介、何か言いましたか?」
「……いえ、何も言っていません」
とんでもない状況だ。悲惨過ぎる。
佐那も怖いが、琴さんもかなり睨んできている。
「陛下が貴賤結婚にゴーサインを出すなんて、あまりにも凄いし、リンスケも義弟になればウィーンを抜け出す楽しみが増えていいなぁと思ったんだけどね。ま、それはいいわ」
エリーザベトは自分の手に持っていた資料のようなものを色々と従者に渡している。
ひょっとしたら、妹の写真などが入っていたのだろうか。
ちなみに貴賤結婚というのは貴族と平民の結婚のことだ。
確かにオーストリアのような格式高いところだと、そういうのは認められないイメージがある。それこそ貴族の位を捨てた人間とかもいたような気がする。
「陛下もそこは迷ったみたいだけど、『リンスケは東洋の貴族の最下級だ』って認識で、ギリギリ認める方向になったわけよ。それだけマックスが逃げてくれそうなのが嬉しかったのね」
なるほど、何だかんだと兄弟、心配していたというわけか。
「ということで、陛下の提案は先約がありましたということで没になってしまったわね。ま、貴賤結婚の問題があったから、これは良しとしましょう」
これは良し、という言葉に何やら不吉なものを感じるが、案の定。
「次にヴィッテルスバッハ家の頼みを聞いてほしいのよね~。ちょっと近くで紅茶でも飲みながら話をしましょう」
厚かましすぎる。
と思ったが、とにもかくにも相手はオーストリア皇后である。断るわけにもいかない。ついていって話を聞くしかないだろう。
ロンドン駅から移動して、豪華なカフェテラスへと移動してきた。
佐那も琴さんも表情は怖いが、特に何かすることもなく黙ってついてきている。そんな2人にエリーザベトは美味しい紅茶を頼んでいる。
そのうえで地図を取り出す。
「ハプスブルクの問題児をどうにかしてくれたリンスケに、ヴィッテルスバッハ家の問題児を何とかしてほしいのよ」
「ヴィッテルスバッハ家の問題児って?」
「去年国王になったルートヴィヒなんだけどね」
国王のルートヴィヒ?
もしかすると、ノイシュヴァンシュタイン城を建設したルートヴィヒ2世のことかな。
結構な美男子で、ワーグナーとお城が大好きで金を湯水のように使って、廃位させられて謎の死を遂げたという話だったと思うが。
「彼は私よりも金遣いが荒くてね、自分の好きな作曲家に国費をつぎ込んだりしているのよ」
どうやら間違いないようだ。
「弟のオットーも含めてどうしようもないのよ。何とかしてくれないかしら?」
エリーザベトは気軽に言うが、これってとんでもないことだぞ。
マクシミリアンはまだ知り合いだから会うことはできた。
ルートヴィヒ2世のことは知っているが、向こうは俺のことを知らないはずだ。いや、名前くらいは知っているかもしれないが、わざわざ会うことはないだろう。
俺は便利屋じゃないっての。
「でもさ、リンスケがやろうとしていることもお金がいるでしょ?」
むっ?
「ルートヴィヒに理解させれば、出してくれるんじゃないかしら?」
むむむっ?
「バイエルン国王の支援もあった方がいいでしょ?」
むむむ、むむっ?
「それはまあ……」
ノーベルのダイナマイトがいつ開発されるかは分からないし、すぐに売れる保証もない。
タタもヨーロッパまでどれだけ金を持ってこられるか分からない。
という点では、ルートヴィヒ2世みたいな放蕩家が味方にいると有難いと言えば有難いが。
しかし、国のお金をバンバンオリンピックに遣ったら文句言われないかね。
21世紀の日本ですら、これだけ使うのはどうか、とか文句があったわけだしな。
「大丈夫よ。私はバイエルンのお金がワーグナーに遣われるくらいなら、リンスケに遣われた方が良いと思うわ!」
某国民的漫画のジャイアニズムのような、エリーザベトイズム。
さすがにオーストリア皇后だけのことはある。
「……まあ、会ってみるくらいなら」
しかし、ルートヴィヒって美男子なんだよな。死ぬ寸前は大分太って見る影もなかったらしいけれど。
バイエルンに佐那を連れていって、ここぞとばかりにあっちに行かれたらどうしよう。
まあ、貴賤結婚できないとは言うけれど。
「その心配はないわ。ルートヴィヒは男にしか興味がないから」
それはそれで別の意味で問題なんだが。
とにかく、なし崩し的にエリーザベトからの紹介状をもらい、スウェーデンのノーベルのところに行く前にバイエルンへ行くことになってしまった。
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