39章・1865年
第1話 ロンドンで待つ女
メキシコからアメリカに戻った時には既に大統領選挙は終わっていた。
当然、リンカーンは勝利していた。南部で選挙がなかったことからほぼ全ての戦局で勝利するという圧倒的な勝利だ。
それを合図に、合衆国の連合国に対する最後の攻撃が始まったという。
連合国が音をあげる時は近いようだ。
ワシントンで簡単に祝いのコメントを送った後、ニューヨークに向かい、再び船で東へと向かう。
ロンドンに戻り、それが終わればストックホルムのノーベルの様子を見に行こうと思う。
ロンドンに戻った頃には年が変わっていた。
1865年1月9日、サウサンプトンに到着すると、港の管理人から声をかけられた。
「お、あんたがリンスケ・ミヤチか」
いきなり名前を呼ばれた。何だよ、悪いことをした覚えはないが。
「何か用?」
「ロンドンから電報が来ていてな。アメリカからの船にリンスケ・ミヤチが乗っていたら、ロンドンに電報を送るように伝えてほしいと」
「ロンドンに電報?」
「コト・ナカザワとサナ・チバ? という2人のレディからだ」
「琴さんと佐那が!?」
そうか、2人ともイギリスに来ていたのか。
となると、ストックホルムに行く前にもう一つやらないといけないことがあるのだな。
「分かった。どこに送ればいいんだ?」
「いや、それはこちらでやっておく。このまままっすぐ向かうのか?」
「もちろん」
寄り道でもしていたら、何を言われるか分かったものではない。まっすぐ向かうべきだろう。
サウサンプトンからロンドン方面に行く鉄道を待っている間、後ろの方で係官達が話をしている。
「お、マット。リンスケが来たぞ」
「お、そうか。じゃ、送っておかないとな」
うん? もう一つ送るのか?
あるいは、マットという男が琴さんと佐那に送るのか?
鉄道の中で、俺は色々考えを巡らせる。
どうせなら、カッコよく決めないといけないだろうから、な。変な事を言うと琴さんに「こんな奴はもう乗り換えた方がいいぞ」とか言われかねないし。
ひょっとしたらサウサンプトンでスーツとか買ってビシッと決めた方が良かったのだろうか?
ただ、あまりやりすぎると引かれるかもしれないし、な。
ここは普通に「結婚しよう」とかシンプルに言うべきなのだろう。
鉄道がロンドンに着いた。
実を言うとこの時代の鉄道は結構危ない代物で、現代のような安全対策もないから頻繁に接触事故も発生するし、死傷者も出ている。それに対してあまり意識もかけないのが時代を感じさせる。
今回は何も起こらずロンドンに着いた。
俺は口を真一文字に結び、鉄道から駅に降り立った。
出口の方を向いたら、その先に琴さんと佐那がいる。琴さんが気づいてこちらに手を振っている。
冷静になれ、冷静に歩くぞ。
ゆっくりと進むうちに、出口に近づいた。
と、突然横から腕を引っ張られる。
「リンスケ、待っていたわよ!」
「うわっ!? って、エリーザベト?」
突然現れて俺の手を引っ張ったのは、オーストリア帝国皇妃のエリーザベトだった。満面の笑みを浮かべている。
一体何故ロンドンに?
と驚く間もなく、まくしたてるように話しかけてくる。
「マックスを説得してくれてありがとう! 陛下にも頼まれて、待っていたのよ!」
「えっ、マックス……?」
あ、マクシミリアンのことか。
メキシコでオリンピック委員のことを話していたが、エリーザベトがこれだけ喜んでいるということは退位も視野に入れて、その場合はオリンピックの仕事をするとでも連絡したのかな。
「これからミュンヘンに行きましょう!」
「えっ、何で?」
「陛下が妹のパートナーにしたらどうかって言っていたのよ。興味があるでしょ? バイエルンのお城に住めるわよ」
「し、城……?」
いきなりの展開にさっぱりついていけない。
エリーザベト(とフランツ・ヨーゼフ?)が勝手に身内との縁談を進めているということだろうか。
いや、俺はそんな話をしている場合では……
と、強烈な悪寒が背筋を走った。
「ひっ!」
「……燐介」
無表情な声が飛んできた。
近くの空間が唸り声をあげているように感じられる。
冷え切った目をした佐那が、ゴゴゴゴゴという擬音を背後に、噴火寸前の火山を背景にして立っている。その表情は能面のようで、完全に無表情だ。
「……燐介、これは……、どういうことなのです?」
「そ、それが……俺にもさっぱり」
どうして、どうして、こうなってしまったんだ?
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