第6話 京の町は
職務の制限には成功できたので、二条城を後にした。
時々出入りしている者がいるが、恐らく京の上屋敷と連絡を取り合っているのだろう。
完全な小大名や譜代は別として、家のメンツがいるから何かしらの仕事には就きたいだろう。21世紀の政治家が「そんなことができるのか?」と思われつつも何らかのポストにこだわるようなものだ。
沖田も諦めたようで私と共に出て来た。土方はまだ「新撰組の隊長は近藤だから」と職務を近藤に押し付けようとしている。あるいは、隊長の近藤が無役で自分が参与になることに居づらさを感じているのかもしれない。
それはまあ、本人に任せよう。
「しかし、陸海軍の仕事って何をするんだろう?」
「うーん、色々あるとは思うが、当面やらなければならないのは新しい兵士の補充だろうな」
武士がなくなるので、軍の動員は全ての身分から、となる。
元武士階級の者達は他にやるべきこともないので大勢参加してくるだろうが、それだけとは限らない。例えば不作地域の農民の子弟も参加してくるだろう。
これまでの日本の戦いなら、当然武士が有利になるが、これからは銃器や大砲の時代となるし、兵站概念も今まで以上に大切になる。
そうした概念の変化についていけなければ武士も関係ない。脱落することになるだろう。
選抜と、新しい軍の訓練と戦術の指南となるから簡単ではないだろう。
「確かに、俺も銃の打ち方を学んで、ナポレオンはこうやって攻撃していたって聞いたくらいだからな」
「ナポレオンの戦術を知っているのは大きいと思うぞ」
もっとも、近代戦という観点ではナポレオンよりもクラウゼビッツの「戦争論」によるところが大きいのかもしれない。それを読んでいるか、いないかというのも重要だ。
特に今後、ヨーロッパではプロイセン軍がオーストリアやフランスを破ることになるから尚更だ。
そうした本も、必要に応じて輸入してくる必要があるだろう。燐のグループが頻繁に行き来するようになれば良いのだが。
通りを歩いていると、御触書の高札が見えた。その周囲に多くの人垣ができている。
どんな話をしているのか、近づいてみることにした。
多くの人が集まっているため、全員が読めるわけではない。近くの人間に何が書いてあるのか聞いている者も少なくない。
「新しい帝が即位されたってことらしいよ」
沖田が答えると、何人かがけげんな顔をする。
「そうなると、何が変わるんじゃ?」
農民らしき者の答えに、沖田が「うーん」と唸った。
「具体的に、何がどう変わるんだろう? あ、農民がなくなるんだっけ」
「それはそうだが……」
いきなり話をしても伝わらないだろう。誤解されて変な形に受け取られても困る。
「直に内容が伝わり、庄屋などを通じて話が伝わるだろう」
沖田に代わって説明をすると、彼らも納得したようだ。
「何だ、たいしたことではないのか」
「まあ、御触書が出ると大抵良くないことじゃ。特に変わっておらんのならそれに越したことはない」
そう言いながら、ばらばらと帰っていく。
「何か、変わったけれど、あんまり変わった感がないね」
御触書に人垣がいる以外には、何かが変わるものではない。
そんな京に、沖田がややもすると物足りないという顔をする。
「個人はともかく、日ノ本中の人が色々と変わっていくのだ。いきなり大きく変わるということはないのかもしれない」
例えば、禁門の変が起き、京が火の海に包まれたら、変わったと思うだろう。
将軍が逃亡し、官軍が江戸に向かってきた時も変革を感じるだろう。
大きな不幸や災害はすぐに分かるが、そうでない変化というのは実は感じることは難しいのかもしれない。
インターネットがある時代で、情報が即座に伝わるのなら、物事が起きた場所を映像に収めて「変わった」と感じることがあるかもしれないが、これだけゆっくりした時代で御触書だけだと、変化を感じることは難しい。
人々が変化したと感じるのはまだ先だろう。
あるいは何年か先に「そういえば変わったなぁ」と気づくのかもしれない。
その時に「良くなった」とどれだけ実感してもらうか、それが今後重要なこととなるのだろう。
戻っていく農民たちが、ふと何かを思い出したように足を止めた。
「そういえば、最近は物騒な事件は大分減ったのう」
「言われてみれば、以前は毎日のように斬り合いがあったが、ここ半年くらいは静かになったのう」
「今はお殿様が仰山来ていて、うるさくはなっているがな」
そう、こんな具合で半年単位で。
21世紀の時代は性急に結果が求められるが、実際はそんなにすぐに出るものではないのだろう。
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