第3話 一月二日の京
京は非常に物々しい。
無理もない。三日の王政復古の大号令に備えて、全国の諸大名が集まってきている。
明日二日に旧将軍・徳川家茂から新天皇に二条城が引き渡され、三日に諸大名が揃った中で王政復古が宣言されることになる。
ちなみに新天皇という呼称があるわけではない。呼ぶ場合は主上である。憲法発布までは慶應で、それ以降を明治とするから、現時点でこの天皇を呼ぶとすると慶應天皇なのだがそれは非常に言いづらいので、とりあえず新天皇としているだけだ。
ちなみにこの取次役を勝海舟が行うことになる。
それだけでもプレッシャーだろうが、宣言の後、更に大変な業務が待っている。
華族院という国会議員になる彼らにその説明をし、更におおまかな役割を決めるという役割だ。
戦国時代を経て、関ヶ原・江戸270年間を生き延びてきた大名達の中から「議長諸々の役職を決めたいと思います」となるわけだ。
諸大名の多くは長たる地位に就きたいはずであるし、更に新政府要職を巡る綱引きもある。
迂闊な発言をすると血を見ることは必至、勝はさぞ胃が痛いことだろう。
勝の胃も痛いが、京の治安維持部隊も同じだ。
諸大名がいる中で何かあってはいけない。新撰組も見廻組もフル稼働しているし、幕府の衛兵隊も多く出そろっている。彼らも大変だ。
当面は新天皇と太上天皇が京にいることになるが、しばらくすると天皇は江戸に向かうことになる。それまでの間に、新天皇が直々に会った方が良い相手(今、来ているビルマ皇太子もそうだ)に関しては大坂城を使うことになる。
御所に入り、早速新天皇に面会を願う。正月早々なので気が引けるところはあるが、外交に関することなので仕方がない。
「主上、ビルマより皇太子が参っておりまして、できましたら四日に徳川様らを交えてお会いいただきたく」
「ビルマ?」
「ビルマはこちらでございます」
太上天皇がやはり世界地図には抵抗があるということで、御所の中には地図がない。だから出入りする者は世界地図をもって入ることになる。
非常に面倒ではあるし、新天皇の権威の面ではいかがなものとも思うが、夏までの辛抱である。仕方がない。
新天皇もある程度要地は覚えている。朝鮮や中国はもちろんのこと、ヨーロッパにおけるイギリスとフランスの位置や、アメリカとインドとエジプトは覚えているはずだ。
「更に彼らが示す電信線はこのようなものとなります」
「そうか、インドからこのように長崎まで電信が延びるのだな」
「はい。この一、二年でそのようになるかと思います」
「では、ビルマは我が国に何を求めているのだ?」
このままでは日本だけが得をする。
相手が善意のみで動いているわけではない。何らかの見返りが必要と判断をつけるあたりは頼もしい。
「ビルマはイギリスと二度戦争をしまして追い詰められております。従いまして、ビルマを必要とする国を求めています」
「なるほど。イギリスとビルマの間に問題があった時に、ビルマの擁護をするということか」
「概ねその通りです。他に通商などもありますが、それについては今後個別に」
当たり前ではあるが、14歳の新天皇に具体的な決定まで求めるのは無理である。
友好的に会話をしたうえで、実務は我々がやるということだ。
「それならば明日で良いではないか」
「明日にいたしますか?」
「一太の言う通りなら、向こうは朕と違って多くのことをしているのだろう。早めに役割を終えさせてあげた方が良いのではないか?」
「もちろん、その通りでございます」
「では、明日、大坂に向かう。四日に行くとなると、帰ろうとする諸大名と一緒になり道が大変なことになるだろう」
確かにその通りだった。
「分かりました。主上の配慮に先方も感謝するでありましょう」
「それは良い。ところで、人選の方は順調に進みそうなのか?」
新天皇も人事は気にしているようだ。令和の日本でも総理大臣の交代、内閣改造などがある度に「誰が大臣になるか」ということが大きく騒がれる。私などは「誰でも同じだろ」くらいのことを考えるが、そう思わない人も多いのだろう。
「こればかりは何とも……」
諸大名の腹の探り合いというところもある。
島津久光あたりが「わしに要職を寄越せ」と言い出すかもしれない。
「ただ、要職に誰がついたとしても、下で頑張る者はある程度決まっております」
例えば、大村益次郎や江藤新平などは今も既に軍の訓練や、法律の翻訳作業に従事している。上に誰が就くとしても実務レベルのトップは彼らで疑いようがない。
大久保利通や桂小五郎も似たような立場に就くだろう。
そういえば、桂は維新を機に木戸孝允と名前を改めることになるはずだが、ここではどうなのだろうか。
ともあれ、そうした人事の苦労まではしたくない。
それは勝や他の者に任せて、私は新天皇とビルマ皇太子の顔合わせに集中することにしたい。
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