第2話 新体制初の国賓来訪②
勝海舟とともに大坂城に出向き、ビルマ皇太子のカナウンと向き合うことになった。
カナウンは40歳を超えているというが、見た印象ではかなり若い。同じ東洋系で彫りが浅いので、年齢が目立つことはないのだろう。
「ようこそ日本へ。この国はちょうど新年を迎えて変革の時でありまして、色々不便な思いをさせていると思いますがご容赦ください」
英語で説明すると、相手からも流ちょうな英語が返ってくる。
「こちらこそ、突然押しかけて誠に申し訳ございません。我が国は生きるか死ぬかの瀬戸際でありまして、いてもたってもいられずに参りました」
そう切り出し、彼はビルマで西郷が指揮する鹿児島兵が非常に役に立っていることを説明してくれた。
西郷率いる鹿児島兵は、近代化訓練も受けているが、ビルマ人にとって驚きとなったのはその精神性らしい。
鹿児島といえば示現流だ。怪鳥のような声とともに一撃必殺で繰り出される剣術だ。
「サイゴウとその部下達は演習でも、武器を使って戦うのではなく、一撃必殺の気合で奇襲をしかけてきます。これでビルマの兵士達は歯が立ちません」
近代化された訓練を受けたので銃の知識などは豊富であるが、戦場の地形を生かした戦術の立て方などは西郷の方が上ということなのだろう。
「イギリスは港を返してくれそうにありませんが、彼らの戦いぶりを見て大いに学ぶことがありました」
鹿児島兵の戦いぶりを見て、ビルマの軍事専門家達は森林での戦い方に活かせると思ったらしい。
森林での戦いというと、もっとも得意なのはベトナムだろう。
ベトナム戦争でのゲリラ作戦が有名だが、この時代から少し下ったあたりでも劉永福が指揮する黒旗軍がフランス軍に度々痛撃を与えている。
ただ、地形からすればビルマも森林地帯は多い。似たような戦い方は当然通用するはずだ。
「清は多国籍兵の力を得て太平天国をどうにか制圧しましたが、彼らを郷里に帰そうとしています。隙を見て、雲南や四川に攻め入ることも考えています」
何と。
ビルマから中国に攻め入るというのか。
驚きではあるが、逆のパターンは清が実際にやっていたはずだ。18世紀に乾隆帝が支配する清がコウバウン帝国を攻め、返り討ちにあったという話がある。
それに明の末期には昆明まで逃げた明の皇族がビルマに逃げ込んだ。
両国の行き来はあるのだから、ビルマが中国に攻め入るというのも不可能ではないのだろう。
カナウンの言うように太平天国の乱をようやく鎮圧した清であるが、長江以南に対する支配力は相当低下しているはずだ。ビルマを跳ね返す力はないだろう。
「しかし、イギリスが戦端を開くことを認めますかな?」
「もちろん認めます。雲南から重慶、武漢、上海と交通網や電信網を敷くことができますので」
「なるほど……」
カルカッタから長崎へ至る電信路、それを中国南部に求めるという方法か。
さすがに重慶と武漢まで行くと清の長江以南の広範な地域がビルマ領となり、行き過ぎではないかと思う。イギリスが海運を重視するといっても、そこまでビルマに内陸を攻撃させることはないだろう。
ただ、昆明をビルマに支配させて、昆明から南寧、マカオや広州を通じて香港に至るルートは普通にありえそうだ。これならイギリス軍が協力することもありえて、ビルマもポイント稼ぎをすることができそうだ。
地図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093088218239689
「……皇太子閣下の御見識に感服いたしました」
燐の言うように、この皇太子は中々の傑物であるうえに、イギリスへの警戒心も高い。
この人物がいるならばビルマが安易にイギリスに負けたということはないのでは、という燐の推測は正しいように思える。
もっとも、タイは独立しているし、ベトナムはフランス領だ。
そのあたりが問題となってくるかもしれない。
いずれにしても、日本が兵を出せと言われるのでなければ、悪くない話ではある。
ただ、西郷がそこに参加することでどうなるかだな。
事の展開如何によっては、今後四民平等やらで出番を失う士族の働き先となる可能性もあるかもしれないが。
新年ということもあり、今後、京に住む帝に会いに来る大名は多いはずだ。
当然、大坂に立ち寄る者も多いだろう。
通訳を挟むことが必要となるが、有力大名とカナウンが交流を結ぶことも良いことになりそうだ。
「いや、俺はこれ以上働きたくないのだが」
勝海舟は嫌そうにしているが……
「ここまで話を聞いておいて、今更逃げるなどないでしょう。ビルマの皇太子と大名との橋渡しをお願いしますよ」
ビルマ皇太子が滞在している間の接待を任せて、ひとまず京に報告に向かうこととした。
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