38章・慶応元年(山口視点)

第1話 新体制初の国賓来訪

 慶応元年の年明け。


 新しい天皇、新しい年号、新しい日本の幕開けとなる年になる、と思いたい。


 実際、新しい行事も目白押しだ。年明け三日に王政復古の大号令と五箇条の御誓文が出されて、電信工事も始まる予定だ。



 それまでの二日間は、骨休めの期間と予定していたが……


 残念ながら日本の事情と海外の事情は一致しない。


 この慶応元年の初日にもいきなり海外からの来客が現れてきた。


 先にビルマのマンダレーに出かけていった西郷隆盛の訪問を受けて、コンバウン皇太子のカナウン・ミンサがやってきたというのだ。まず長崎に着き、今は船で大坂へと向かっているらしい。


 おかげで私は正月早々、大坂城に行って勝海舟とともにこの件に当たることになる。



 この来訪は単純に驚きである。


 燐の言う通りであれば、カナウンはビルマの近代化を先頭に立って進めている超大物であるはずだ。


 しかもビルマは第二次英緬戦争で海岸線沿いは取られて内陸部に押しやられていると聞いている。その状況下で日本まで来るというのは相当な意気込みだ。


 日本を通じて、中国、香港、シンガポール、ビルマ、インドという英国ルートに入り込みたいのだろう。


 日本の天皇に向けた親書も入っている。


 ビルマ語、英語に日本語も入っているから驚きだ。失本イネがタイに行っていて、彼女の協力を得て日本語の内容を書いたらしい。



「しかし、一太よ。このビルマの言葉というのは、偉い○ばかりじゃねえか」


「……そうですね」


 他国の言語をあれこれ言いだすとキリがない。外国人からすれば日本語は難解極まりないと文句が多い言語らしいとも聞いている。


 ただ、ビルマの文字は中々特徴的だ。○やCを組み合わせた似たような文字ばかり続いているようにも見えて、かなり面食らう。


 日本語の文書を要約すると、西郷ら日本からの使節が送られてきたことに感謝しており、今後ビルマとしても国交を求めたい。カルカッタから長崎までの電信ルートに協力することも概ね賛成であり、今後様々な形で協力したいということだ。


 ビルマはイギリスと二度戦争をして負けている。イギリスに勝てないという現状がある以上、三度目がないようにしなければならない。そのためにイギリス皇太子とつながりのある日本と関係を結びたいということなのだろう。


 史実では滅んでしまっている国なだけに、何とか避けたいという努力には頭が下がる思いだし、何とか残ってもらいたいものだ。



「ただ、誰と会ってもらったものか……」


 去年までなら、とりあえず徳川家茂だっただろう。


 ただ、既に大政奉還が完成しており、徳川家茂は最有力の華族議員候補という立場だ。現時点の日本とビルマの格差を図るのは難しいが、少なくとも相手国の皇太子とは釣り合わないだろう。


 徳川家茂がそうなのだから、例えば島津久光とか毛利敬親などの諸大名も難しい。その下にいる桂や大久保などは論外となるだろう。


 とはいえ、即位直後の帝は行事が目白押しで何ともならない。


 退位直後の上皇はというと、ああいう人物だから外国人と会うわけがない。



「海外向けのナンバーツーがいないという問題がありますね」


「もうおまえでいいんじゃねえか?」


 勝がぶっきらぼうに言い放ってきた。


「上様……もう上様ではないか、徳川様も、主上も、一番頼りにしているのは一太だ。見た目の序列とかは別にして、おまえさんが日本の二番目としても罰は当たらねえよ」


「いや、そういうわけにも……」


「幕府の外国奉行職が新しい日本になり、どうなるかは分からんが、そういう名目でいいだろう。どの道、おまえさんが話をしないことには何も進まねえんだし」


 それは確かにそうかもしれない。


 外国奉行という扱いで会うというのは確かにそうかもしれない。


 カナウンが考えているのはビルマという国の存続だ。若い天皇にいつ会えるかどうかというのは二の次だろう。


「では、我々で会うことにしますか」


「俺はいらねえだろ」


「そういうわけにはいきませんよ。向こうも1人だけということはないでしょうし」


 安全面でも協議のうえでも1人というのは少ない。ましてや、相手にとっては我々は格下であるから尚更だ。


「人を勝手に押し上げておいて自分だけ逃げようというのはいけません。勝殿も来てもらわないと」


「うおー、俺は帰りたいんだぁ」


 ジタバタしている勝を引きずり、カナウンに会うべく大坂城に向かうことにした。

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