第14話 燐介とマクシミリアン②

 挨拶の式典が終わると歓迎会だ。


 遠い外国から来客が来たという名目で、全員楽しそうにはしている。


 ただ、僻目かもしれないが、何だか無理矢理楽しいと思いこもうとしているようにも見える。



 メキシコなのでパーティーも長い。


 元々始まるのが遅くて夜の8時から始まったのだが、3時くらいまで続く。


 それが終了して、客が1人1人と寝室へと向かっていく。ひと眠りして翌朝帰るらしいのがラテン風というか何というか。


「リンスケ、少し庭を散歩しないか」


 マクシミリアンが言う。「いいよ」と応じてついていく。



 まがりなりにもメキシコ皇帝の宮殿の庭だ。当然広い。


 ただ、メキシコの乾燥した空気のせいか、水利の問題なのか、ヨーロッパ風庭園の噴水の水は寂しい。


 マクシミリアンはそこまで歩いてベンチに腰掛けた。


「……うまくいきそうなのか?」


「支持者は減る一方だ……」


 そうだろうなぁ。


 マクシミリアンはオーストリア皇帝の弟ということで白羽の矢が立ったが、こいつ自身は自由主義者だ。保守派の連中とは合わない。


「農奴の解放や労働者の権利を主張するとどんどん離れていった」


「フランス軍もそのうち帰ると思うよ」



 ヨーロッパはここからしばらくプロイセンのターンと言っても良い状態になる。


 デンマークにシュレスヴィヒ・ホルシュタイン戦争で勝利した後、オーストリアに戦争を仕掛けてドイツ統一の主導権を握り、最後はフランスに勝利してドイツ帝国成立となるはずだ。


 フランスが最終的に負けるのは1870年だったはずだが、既に足下にも火はついているだろう。


 繰り返しになるが、南北戦争が終わればアメリカも出て来る。そうなるとメキシコ国内の敵対派もどんどん増えることになるだろう。今が一番良い時で、ここから一気に悪循環の坂道を転がり落ちていくのかもしれない。


「……しかし、私に期待する者達もいる」


「それはそうかもしれないけど、あんたを離れたらすぐに死ぬって訳でもないだろ」


 史実でもマクシミリアンに最後まで付き従う連中はいたんだろう。


 どれだけ落ちぶれた者でも、最後まで付き従う者が数十人だったり数百人だったりはいる。


 とはいえ、極端なジェノサイドでも進んでいるとか、250年後のメキシコのように麻薬戦争で対立組織にちょっとでもいたら皆殺しってほど酷いものではないだろう。


「どうにもいかなくなった時点で離れれば、そいつらも再起の道はあるんじゃないか。そもそも」


 俺はサンタ・アナの話をした。


 彼なんか10回以上も大統領になっている。追い出されては復活し、また追い出されては復活したという具合だ。アメリカで完全に隠居したような状態でも尚、何とかならないかあがいている。


 好きなタイプの人物ではないけど、その不屈の根性とでもいうべきものは賞賛すべきだろう。


「今回がダメだったとしても、またメキシコから求められる機会もあるかもしれないし、一度で全部考えるのも良くないんじゃないか? ナポレオン・ボナパルトだって一回退位したけど、また復活したじゃん。二度目も失敗したけど、一度で全部終わりってわけでもない」


 こんなことを言ったら、「マクシミリアンと一緒にするな」とナポレオンが怒るかもしれないけれど。


「しかし、私にはオーストリア皇帝の弟という以外には何もない。しかも、ここに来るまでにオーストリアの地位は全て放棄するというサインもしてしまった。支持者も少ないし、シャルロッテはうるさいし」


 離婚しろよ、と言いたくなるが、キリスト教でしかも王侯貴族となるとそういうことも言えないんだよなぁ。面倒なことだ。



「……だったら、オリンピックはどうだ?」


「オリンピック……? おまえがやろうとしている大会か」


「そうだ。言っておくが、前に会った時から飛躍的に進んでいるからな。インドやノルウェーの大富豪と協力するし、ギリシャに会場となるところは確保しているし」


 確保しているは嘘だが、まあ、多分用意してくれるだろ。


「もしギリシャの政情不安でうまくいかないのなら、アルゼンチンやフランスやイギリスでもできるわけだし」


 おお、自分で言って何だが、結構進展している気がする。


 あとは選手だが、これはまあ、色々な国に声をかければ何とかなるだろう。


「そもそも、スポーツほど自由主義の極みはないぞ。身分も人種も性別も関係なく、優れた記録を残したものが一位なのだから」


 実際には人種や性別で能力が変わる傾向があるから、関係ないとは言えないだろうが、少なくとも原理としてはそうなる。


「……だがなあ、皇帝と比較すれば」


「委員に入る奴にはイギリス皇太子エドワードに、オスマン皇太子のアブデュルハミトがいて、日本からもアルゼンチンからも誰か偉い奴を迎えるつもりだ。あんたも一度の失敗で懲りたなら、むしろこういうところで箔をつけて、もっと色々な人と話をして次の場所を探すべきではないのか?」


「……」


「一回、アメリカに立ち寄って、その後、イギリスに戻ったらダイナマイトの商談ついでに本格的に組織も作るつもりだからな。いつまでも空きがあるわけじゃないからな。ダメだと思ったら早めに言ってこい」


「……考えておこう」


 一応の了解? らしき返事は引き出した。


 果たしてうまくいくのかは分からんが、さすがにこれ以上マクシミリアンだけのために動くわけにもいかないからな。


 シャルロッテも怖いし……

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