第13話 燐介とマクシミリアン①

 ベラクルスに上陸して話を聞いてみたが、今のところ、良いとも悪いとも言えないという評価が多いようだ。



 メキシコは鉄道も何もないから情報が伝わるのが遅い。メキシコシティに向かったマクシミリアンが何をやっているのか分からないが、メキシコに来てまだ半年程度ということもあり、あからさまな不満などは伝わらないようだ。


 ただし、反対派の大統領ベニート・フアレスらは徹底抗戦を決意しているという。マクシミリアンは首相職を提示して降伏を要求したらしいが、断っているらしい。



 史実では三年程度で奈落の底に落ちて処刑されてしまう急スピードだから、一気に転落するはずである。


 とはいえ、まだ沈んでいないのなら、ダメ元で話くらいはすべきだろう。


 フランス軍に会えば皇后ウージェーヌの名前を出すことにし、メキシコ軍に会えばデューイがアメリカの名前を出せば何とかなるだろう。


 ベラクルスからメキシコシティまで向かうことにした。


 少し内陸に進むにつれて分かったことだが、この時期はマクシミリアンとフランスが優勢のようだ。スアレス達は北の方に逃げていったのだと言う。


 それなら首都まで進めそうだな。


 そう思って進んでいるが、途中の街や村では望ましくない話も聞くことになる。


「我が国の首都は20年ぶりに外国に占領されている」



 1847年の米墨戦争でアメリカ軍はメキシコシティを占領した。


 現在占領しているのは?


 フランス軍だ。そこにいるマクシミリアンはメキシコの皇帝ではなく、フランス軍の指揮官。


 多くのメキシコ国民にとってそういう認識であるらしい。


 ただ、行く先々で支持されないことも不思議だ。マクシミリアンは皇帝として呼ばれたわけで、そうである以上、呼んだ保守層がどこかにいるはずだ。どうなっているのだろうか?


 パリで様子見しているのだろうか?



 よく分からないままにとにかくメキシコシティまで到着した。


 ここまで着くと話は早い。フランスの士官達は俺の名前を知っていたようで、皇帝に伝えに行った。すぐに対面の場がセッティングされるが、逆に言うと特別用事もないことを意味しているようだ。


 ただ、呼ばれて宮殿まで行くと、皇帝はしばらく後になってから来るという。


 アテが外れたのかと思うとそうではなかった。すぐにドレス姿の美人が出て来る。


「待たせたな、リンスケよ」


「……」


「何じゃ、皇后たる妾を見たのじゃ、跪いて挨拶をするのが礼儀であろう?」


 メキシコ皇后のシャルロッテだった。ここではメキシコ風にカルロッタを名乗っているらしいが。


「……おい、リンスケ、こんなに偉そうな女は見たことないんだが?」


 いち早く跪いたデューイが小声で話しかけてくる。


 デューイは10年近く前にイギリス女王ヴィクトリアとも面会している。その記憶もあるはずだが、それでも尚、シャルロッテが一番偉そうというのだからたいしたものだ。


 俺は無言で跪きながら、溜息をつく。


「相変わらず礼儀がなっておらぬのう。だが、わざわざギリシャから陛下の帝国を承認しに来たのは殊勝なことじゃ。さ、さ、陛下のところまで案内してやろう」



 ……何だって?


「リンスケ、あいつ、何を言っているんだ?」


 デューイが更にけげんな顔をする。


「いや、まあ……」


 曖昧に誤魔化したものの、参ったな。


 俺は私的に訪ねたつもりだったが、向こうは公的な訪問……つまりギリシャの外相みたいな俺がやってきたという扱いにしたいらしい。


 マクシミリアンの帝政を認めている国がフランス以外に何か国あるのか知らないが、それほど多くないだろう。外国が支持されている、ギリシャがやってきたと言いたいのだろう。


 ギリシャがメキシコに協力できることなどあるはずがないが、とにかく支持されているという名目が欲しいのだろう。


 支持してやっても良いのではないか。


 そんな考えも頭をよぎるが、そう遠くないうちにアメリカが圧力をかけてくるからな。俺がメキシコに支援を与えたことが分かると、正直あまり良い気分にならないだろう。下手すればギリシャの外交官として締結したダイナマイトの話などがおじゃんになるかもしれない。



「……リンスケ、おまえ、協力するの?」


「……いや」


 無名の俺だったら、「頑張れ」くらいは言えたのかもしれない。


 今の立場のある俺にはそれはできない。負けることが分かっている相手を支援することは……。


「ちょっと待って」


 俺はシャルロッテを止めると、近くにいる人間に紙とペンを求めた。


 ささっと手紙を書くと、宮殿の広間に通される。


 マクシミリアンが両手を広げて近づいてきた。


「おぉぉ、リンスケ・ミヤーチ。久しぶりではないか」


「お久しぶりです、陛下。この度は日本から祝いに参りました」


「……日本?」


 首を傾げるマクシミリアンを他所に、俺は説明する。


「日本とメキシコとの間には古くより往来がありまして、特に日本の有力なジェネラルであるマサムネ・ダテが慶長年間にローマ教皇に使節を送る際、ここメキシコを通り、また帰還の際に何人かの者がスペイン・アンダルシアやメキシコ・アカプルコ付近に残ったとも言われています。そのようなメキシコと日本の関係を再び築けるよう願うばかりです」


「お、おう、そうか?」


 何人かが盛り上がってきたので、マクシミリアンも応じる。俺は日本とメキシコの関係をあることないこと話し続けて場を盛り上げる。


 日本人としてなら何の立場もないし、応援しても毒にも薬にもならない。


 日本の一個人として応援するというのが精いっぱいだ。



 公的な部分はこれで勘弁してほしい。

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