第12話 燐介、南米を後に

 ツッコミどころは満載だが、アルゼンチンが居心地の良いところであったのは確かだ。


 色々なチームの歓迎を受けつつ、一週間くらいブエノスアイレスで過ごしてしまった。


 アメリカの大統領選挙もとっくに結果が出ている頃だろう。リンカーンが勝っていると思うが、どのくらいの差がついたのか。南北戦争に進展はあったのだろうか。


 メキシコのことも気になるな。


 マクシミリアンとの関係が深いわけではないが、ギリシャ王と首相になるかもしれないという話になったことも含めてヨーロッパに来た時から関わり合いがあるのも事実だ。


 そろそろ、北に戻る時なのかもしれない。



「できればチリやコロンビアにも行ってもらいたいのだが」


 戻ることを口にしたところ、アルゼンチンの人達はチリやコロンビアに行くことも勧めてきた。


 もっとも、親交関係が深いから勧めたというよりは「そこに行けば、アルゼンチンの先進ぶりが分かるだろう」というちょっと嫌らしい動機があるようにも感じられる。


 両国とも自由主義者が政権を握っていて、そういう点ではアルゼンチンと共通しているのだが、彼の言い方には「チリ(笑)」とか「コロンビア(笑)」というような明らかに馬鹿にした響きがあるからだ。


「いや、またの機会にするよ」


 俺は断ることにした。


 別にアルゼンチンの人達の言いなりになるのが嫌だったわけではないし、チリやコロンビアに関心がないわけではない。


 ただ、チリに関しては単純に行くのが結構難しい。


 チリからアルゼンチンの距離自体は近いのだが、アンデス山脈を越えるか、海から南側をぐるっと回ってマゼラン海峡を通る必要がある。かなりの日にちがかかることは間違いない。


 コロンビアに行くことはそれと比べれば楽だ。パナマまで行って、そこから南に行けば良いのだから。


 そもそも、俺もここで初めて知ったが、この時代のパナマはコロンビアの領土であるらしい。


 ただ、色々政情不安はあるらしい。見知らぬところで、知人もいないのに政情不安というのは困る。



 ということで、アルゼンチンから別れるということになり、また盛大に宴会を開くことになった。


 様々な料理や美味しいワインも出てくる。これだけいい思いをしてそのままで別れるのは悪いので、ブエノスアイレス・スポーツ界ではもっとも大物と目されているフランク・パリッシュをロンドンに招くことにして、招待状を書いて渡した。


 前にも考えたことだが、これだけ前向きなアルゼンチンを無視するのはもったいない。開催地は別にして、彼らの意見や希望は聞いてみたい。


 もちろん、彼にとっても、イギリスから更にスポーツ選手を呼び、アルゼンチン・スポーツを発展させるきっかけになるだろうから、悪い話ではないだろう。


 スポーツ以外の点でも、ダイナマイトなどの商談も短い時間でまとめておいて、市街地の開発に資する話もしておいた。


 ブラジルは帝室が把握していて軍部が幅を利かせている。だから軍事利用しか関心を向けられなかったが、アルゼンチンではそういうことはない。これは有難いことだ。


 もっとも、戦争という点では、アルゼンチンでは来るパラグアイとの戦争に向けて、現地先住民や黒人を優先して徴兵するのだと言う。要は危険な位置に彼らをおいて、数を減らして、減った分はヨーロッパからの移民で賄いたいということのようだ。


 こういうところは正直、引いてしまうし、俺が歓迎されていることも後ろめたさを感じる。


 20世紀に南アフリカではアパルトヘイトという人種差別がまかり通っていたが、南アに協力的な日本人は白人ではないが名誉白人という形で優遇されていたらしい。


 それと似たようなものを感じてしまう。



 ともあれ、11月20日には俺とデューイはブエノスアイレスを後にすることになった。


「メキシコに寄るのか?」


 大西洋に出るとデューイが尋ねてきた。


 俺がメキシコに関心があるということを、彼はもちろん知っている。また、デューイも以前、一緒にメキシコを旅しており、何人か当時の要人と会っている。


 ポルフィリオ・ディアスのように有望な軍人もいたし、マクシミリアン以外に彼らがどうなっているかも気にはなる。


「……安全なら、寄ってもいいかな」


 メキシコの状況を詳しく知っているわけではないが、マクシミリアンが皇帝となってから内戦状態になったらしい。で、最終的にマクシミリアンは負けて処刑された。


 となると、メキシコの治安は悪そうに思えるが、南北戦争中のアメリカにしても戦場から離れたところは何もなかったし、何ならニューヨークあたりでは野球だってやっている。


「じゃあ、ベラクルスで様子を見てみるか」


 デューイの提案は、大西洋側の港街ベラクルスに立ち寄ることだった。


 そこからメキシコシティまではおよそ五日ほどだ。


 以前、立ち寄った時も問題視したが、メキシコシティというのは何せ内陸部にあり、しかもメキシコは高地が多いので馬なども使いづらい。歩いていくしかなく、時間がかかる。


 かつて、ディアスは「だからフランス兵も、メキシコでは機動力を削がれるから、思うように力を発揮できない」と言っていた。


 果たしてどうなっているのだろうか。

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