第10話 燐介、19世紀アルゼンチンの洗礼を受ける②
ブエノスアイレスにあるイギリス大使館に着くと、既に玄関に大使ソーントン卿をはじめとする大使館員が玄関に待機していた。
どうやら、電信か何かですぐに届いたらしい。
「ミスター・リンスケ、ようこそブエノスアイレスへ」
いかにも英国紳士といった風のソーントン卿が握手を求めてくる。
「どうも……」
と、ブラジル大使クリスティーの招待状と、ついでに貰っていたデ・ロサスの手紙も取り出すが。
「ああ、そんなもの不要だよ。イギリスどころか全ヨーロッパでも名高いリンスケ・ミヤチなら、どこに行っても名前だけで通用するさ」
「そうなの!?」
ブラジルとは偉い違いだな!
あと、全ヨーロッパで名高いはさすがに言い過ぎではないだろうか?
そもそもヨーロッパで有名ってだけでそんなに重宝されるものなのか?
「ここアルゼンチンでは、ヨーロッパが高いものとして置かれているからね。この国を現在主導している自由主義者達は、先住民を追放して、ヨーロッパ人に移民してもらおうとしているのだ」
「えぇぇ……」
何だ、それは。
と思ったけれど、考えてみれば、アメリカもどこまで意図的だったかは別として先住民の土地を奪って欧州からの移民で支配したようなものだったな。アルゼンチンはそれを真似しようとしているわけか。
しかし、それ自由主義じゃないと思うんだが……
「特にブエノスアイレスのスポーツ愛好家達はリンスケの到着を待っていたと言っても良い」
「スポーツ愛好家?」
ブラジルにはそんな連中はこれっぽっちもいなかったが、アルゼンチンにはいるのか?
あぁ、でも、確かブエノスアイレスではクリケットやラグビーのチームが1850年代には活動を始めていたんだっけ。ブラジルより40年くらい早いんだよな。
やっぱり南米で帝政敷いている国と、往来が活発な国とでは、違うってことなのかね。
「彼らはヨーロッパで開催されるオリンピックに南米から唯一参加し、自分達が南米のヨーロッパであると主張したいと思っているのだ。私のところにもしばしば要請が来ていて、いずれロンドンに打電しようと思っていたから、リンスケの方から来てくれたのは非常にありがたい」
参加する気まで満々だったとは!
有難いけど、南米から唯一って、他も参加するかもしれないんだが。
選手派遣を巡って外交関係悪化させるみたいな、そんなモスクワとロサンゼルス五輪やホンジュラスとエルサルバドルのサッカー戦争みたいなことは勘弁してほしいんだが。
ともあれ、ソーントン卿が言うところによると、ブエノスアイレスにある多くのクラブが、俺の到着を聞いたらすぐに自分達のところに呼ぶだろう、ということだ。
アルゼンチンはヨーロッパ大好きだからそれぞれのクラブがある。ついでに西部の高原地帯では牧畜も盛んで馬が多いから、ポロのような競技も盛んだ。
「そうしたクラブからの招待が明日から続くと思うよ。今やこの世界でスポーツと来ればリンスケ・ミヤチ。君のお墨付きがあれば、ブエノスアイレスでデカい顔ができるというわけだ」
「マジかぁ……」
歓迎してくれるのは有難いのだが、動機がちょっとなぁ。
ということで、ソーントン卿から最初に勧められたのがこの街でもっとも名門らしい、ブエノスアイレスクリケット&ラグビークラブだ。
このクラブ自体は1830年代からクリケットの活動を開始しているが、数年前から英国人を積極的に呼び、競技レベルを高めようとしているらしい。そのイギリス人が協会式ではなくラグビー式を導入したため、ラグビーがメインのようだ。
アルゼンチンは南米では珍しくラグビーも強いが、このあたりも影響しているのかもしれない。
というか、この時代で海外から補強しようという発想があるあたりが凄いな。アメリカの競馬界がイギリスから競走馬を連れてくるということはあったが、スポーツ指導者を外国に求めたのはアルゼンチンが最初なんじゃないのか?
そんなこともあるし、1830年代から活動しているだけあって、「俺達こそブエノスアイレスでナンバーワン」という自負があるらしい。当然、「イギリスとリンスケのお墨付きをもらうのも自分達が最初でなければならない」くらいに思っていると言う。
「そんなことを言われても困るんだが」
俺は別にラグビーやクリケット協会の会長でもないからなぁ。
まあ、ラグビー創始者と言って良いウェッブ・エリスは健在だから、ラグビーに関してはエリスに承認を貰えば良いか。エリス自身はクリケットが好きだから、ラグビーのことは適当に言えば承認するだろう。
※ちなみにブエノスアイレスクリケット&ラグビークラブは史実でも1864年12月に正式に始動しています。当然、燐介とは何の関係もありません(笑)
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