第9話 燐介、19世紀アルゼンチンの洗礼を受ける①
リオ・デ・ジャネイロからアルゼンチンの首都ブエノスアイレスまでは、それまでの旅路を考えれば何てことのない距離だ。
ラプラタ川のウルグアイ側にあるモンテビデオを過ぎ、そのまま上陸した。
港の賑やかさはリオ・デ・ジャネイロより上だ。
更に港付近には何台もの馬車が並んでいて、船から降りてきた名士らしい人物がそれに乗って移動をしている。
鉄道も当然通っている。
リオ・デ・ジャネイロも近代化された街ではあったが、このブエノスアイレスも洗練された印象を受ける。
ただ、リオ・デ・ジャネイロと違うのは人種そうだろうか。
ブラジルは現地人らしい人間も多かったが、こちらは白人とその混血が多いように見える。
まあ、確かにスポーツの世界を見ても、アルゼンチンはヨーロッパ系が多いような印象だ。21世紀のスポーツ選手の名前もスペイン系かイタリア系が多い。黒人選手や先住民系の選手はほぼ皆無と言っていいだろう。
というか、俺に対する視線も「何なんだ、この黄色いのは?」というような感じに見えて、あまり気分が良くない。
デューイもそれは気づいたようで。
「こっちの国には黒人がおらんのな」
と言い、それに対して周囲の連中がムッとした視線を向ける。
それどころか、1人近づいてきた。
「おい、若僧。この街でそんな汚い言葉を口にするんじゃない」
何だと?
黒人と言っただけで汚い言葉を口にするななんて言われるのか?
ここはアメリカの南部なのか?
そんなことを思ってしまうような酷い態度だ。
これにはデューイもムカッとなったらしい。
「おいおい、イギリス女王陛下とも面会したこのジョージ・デューイ様とリンスケ・ミヤーチを若僧呼ばわりするとは、おまえは一体何様なんだ?」
相手に喧嘩腰に応じている。
どうでもいいけど、おまえは付き合い長いんだからちゃんとミヤジと言ってくれよ。
とにかく、デューイが言うと、相手の血相が変わった。
「い、い、イギリス女王陛下?」
「ブラジル帝国のイギリス大使クリスティーから、ブエノスアイレス大使のソーントン卿への紹介状だってもっているんだ! 知っている奴がいたら案内しろや!」
おぉぉ、デューイ、おまえ、オラついているな……。
ともあれ、デューイの一喝で付近にいた名士達まで「失礼しました」と態度が変わった。
直ちに馬車が用意されて、乗り込むことになる。
「乗るのはいいけど、いくらなんだ?」
「とんでもありません! 英国大使から紹介を受けた人なのですから!」
と、確かに英語で話している。よくよく聞くとスペイン語も多いが、英語で話している人もちらほらとだが、いる。
リオ・デ・ジャネイロでは言葉に苦しんだが、この街では何人かに1人は話せそうだ。
それだけでも全然違う。
馬車はすぐに出発して、ブエノスアイレスの市街地へと向かう。
当然、御者も英語を話せる人物だ。というより、御者に関してはほとんどが英語話者のようだ。
英語普及の印象もあるかもしれないが市街地全体としては、ブラジルより発展しているように感じる。
「今回の旅はロンドンから来られたのですか?」
御者が訪ねてきた。
よっぽどイギリス贔屓なんだな、ここの人達はと思いつつ、正直に言う。
「ストックホルムからロンドンを経て、アメリカに渡って、そこからリオ・デ・ジャネイロからここまで来たよ」
「ブラジルよりは余程良いでしょう? ここは自由ですし」
「自由かどうかは分からないけど、まあまあ、あれだな」
そういえば、サウサンプトンで会った保守派のデ・ロサスは自由主義者に負けて亡命してきたとか言っていたな。
今のブエノスアイレスは自由主義の天下というわけか。
「その通りです。ここアルゼンチンは憲法によって統治される南米最強の国なのです」
一介の馬車の御者だがすごい自信だな。
「貴方達も気に入ったのならば、このブエノスアイレスに定住すると良いでしょう」
「うーん、まあ、気に入ったら、ね」
悪くない街なのかもしれないが、最初の印象がちょっと良くないし、それにいずれはギリシャに帰らないといけないからな。
と思ったら、デューイが気を良くして言う。
「リンスケはヨーロッパでオリンピックを開く目標があるから、な。ちょっと難しいんじゃないか?」
「そうなのですか。それは残念ですが、催しものを開くのなら、参加者にもブエノスアイレスを勧めてくださいよ。今のアルゼンチンは1人でも多くの人にヨーロッパから来てほしいのです」
「へ~」
俺達とすれば有難いことだが、ちょっとやりすぎ感も受ける。
事実、その通りだった。
ブエノスアイレスのヨーロッパ万歳はここから更にエスカレートしていく。
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