第8話 燐介、アルゼンチンへ向かう

 フロリアーノ・ペイショトと名乗ったブラジルの担当は、実は外務関係の人間ではなく軍の人間だったらしい。


 ブラジルは帝政だから、軍事と外務の境界線は曖昧なようで、掛け持ちしている。


 そもそも、最高指揮官クラスであるカシアス侯爵にしてから首相経験者だ。


 その関係で若手の有力将校も何人か出入りしていて、偶々ペイショトがいたから担当になったらしい。


 ギリシャはそこまで軽いのか、と憤慨したくもなるが、実質的にギリシャがブラジルに何をもたらせるかというと何ももたらせないのも事実だ。あまり文句も言えない。



 ペイショトは「元帥(カシアス侯)を通じて、皇帝陛下にも伝える」と言っていたが、あまり期待しない方が良さそうだ。


 というのも、話が終わった後にクリスティーに顛末を伝えたら、ブラジルでは軍を

中心とする勢力と、自由主義者が主導権争いをしていて、中々まとまらないらしい。


 皇帝は一応、どちらの顔も立てないといけないから、変に皇帝にダイナマイトなど使える製品を渡すとそれが敵対勢力の方にも行くかもしれない。それはナンセンスなのだから、軍が自分達で独り占めするだろうということだ。


 困った話だが、俺にはどうしようもない。


 近代化のための道具のはずなのだが、私用してしまい、派閥抗争が対立するというのは、21世紀の南米にもあてはまりそうな話だ。



 一方、俺をダシにして宮殿に入ったクリスティーは首尾よくブラジル側との話をまとめたらしい。


「今年中は懸案点を整理することになるが、年が明ければ今まで通りの関係に戻るだろう」


「それは何より」


 俺は何もしていないけれど、解決するために役立ったのなら、それはそれで貸しは作れたと見ていいのだろうか。


 こっちはできれば会いたかった皇帝にも会えなかったし、色々もやもやしたものが残っているが。


 一方、デューイはというと、無関心な様子だ。


「アメリカも戦争が終わったら、もう少し南米に絡むんじゃないのか?」


「いやぁ、特にいらないだろ」


 どうでも良いという様子だ。


 軍人でも政治に介入しようとするものは結構多いはずだが、このあたりはお国柄の違いなのかね。



 さて、これからどうしたものか。


 一応、手元にはガリバルディから貰った自由主義者の名前や大体の住所のリストがある。


 ただ、大体の住所というのがネックだ。


 ペイショトとの会話も苦労したが、この国の知識人は英語を理解するというつもりはないようだ。ポルトガル語で会話ができないから、仮に隣の家だったとしても分からないし、そもそも会ったところで話もできない。


 となると、会いに行くだけ無駄な感じがする。やめておこう。


 このあたりは、現代日本もそうなのかもしれないなぁ。日本語はポルトガル語よりマイナー言語だし、海外の人が日本政治に関心をもったとしても、単独でコミュニケーションを取れないわけだ。



 まあ、現代日本のことはどうでもいいか。


 ガリバルディには悪いが、通訳同伴でないと話ができない以上はどうしようもない。


 ブラジルはこのあたりにしておいて、明日はアルゼンチンに向けて出発するとしよう。


 ただ、あっちもスペイン語圏だ。


 事態はあまり変わらないかもしれない。



 翌日、大使館施設に赴いてクリスティーと話をした。


「俺は個人的な形で動いているからさ、交渉で下っ端が出て来てもいいんだけど、通訳もいないとなると話にならないんだよね。だからブラジルではあまりやることも無さそうな気がしてきた。とりあえずアルゼンチンに行こうと思っているんだけど、あっちも似たようなものかもしれないな」


「いや、アルゼンチンはブラジルよりも我々の立場は良いと思うよ」


「そうなのか?」


「そうだとも。アルゼンチンはヨーロッパとの交流を積極的に推し進めているからね。ポルトガルと違って皇帝家や貴族といった余計なものが存在しないから、君の得意なビジネスの話はしやすいだろうと思う」


 そうなのか。


 そうだと助かるな。


「英語も通じるかな?」


「通じるとまでは言い切れないが、ブラジルに比べると使える人間は多いと思うよ」


「へえ、南米でも結構違うものなんだね」


 ブラジルとアルゼンチンの違いと言ったら、スポーツくらいのイメージしかないが、結構違うものなんだな。まあ、逆にブラジルやアルゼンチンの人間からしたら、日本と韓国が同じようなものに見えるかもしれないわけか。


 しかし、ポルトガルからの皇帝が暮らしているブラジルよりも、コンキスタドールらが建国したアルゼンチンの方が外国人に積極的というのは興味深い話だな。


「細かいところは実際に行って確認してみるといい。とりあえずアルゼンチン大使のソーントン卿に紹介状を書いてあげよう。書かなくてもリンスケ・ミヤチのことは知っていると思うけど」


「いや、頼むよ」


 正直、南米大使が全員、俺のことを知っているというのもイメージできないからな。


 トラブルを避けるためには紹介状を書いてもらうのが一番だ。



※フロリアーノ・ペイショトはブラジルの第二代大統領となる人物ですが、この時期に外交担当をしていたというのはフィクションです。

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