第7話 燐介、ブラジルと交渉する
在ブラジルのイギリス大使のクリスティーに頼まれて、俺は一緒にサン・クリストヴァン宮殿へ行くことになった。
ブラジルとイギリスは喧嘩中ではある。
ただ、俺はギリシャ代表であって、ギリシャの大使館はブラジル国内にはない。というよりギリシャの大使館があるところは世界中探してもほとんどない。
ということで、イギリスを仲介してやってきたという建前だ。
英伯間の関係ではない案件だが、頼まれたのでイギリス大使が連れてきたということになる。
その理屈で通るのかというのはあるが、一応通った。
宮殿に行くと色々と手続きがあるし、面通しもあるが。
「おまえが噂のギリシャの全権大使か」
クリスティーが紹介すると、その一言であっさりと承認だ。ギリシャ大使としての俺は南米にまで噂が行っているらしい。
ガリバルディ経由で伝わったんだろうか。
あいつは自由主義者だから皇帝サイドには伝わらないと思うが。
「陛下はオーストリア帝室ともつながりがあるお方だ」
なるほど。
オーストリアというと皇帝フランツ・ヨーゼフには会っていないが、皇后エリーザベトともマクシミリアンとも知り合いだ。
俺をダシにして宮殿に入ったクリスティーだが、やはりブラジルとイギリスの関係は重視されているようだ。
彼は大きな部屋に連れていかれ、俺とデューイは小さな部屋に案内された。あからさまに低い扱いだ。
「アメリカはどうなんだ?」
扱いは良くなさそうだが、せっかくだから、アメリカもブラジルとの関係を求めてみたらどうかと思ってデューイに言ってみるが、「俺はこの手のことはさっぱりわからんし、国がどういう方針も分からん」と首を振っている。
まあ、デューイの場合は俺と違って軍人だ。階級が低いと大きなことは決められないだろうからな。
それにアメリカ自体が南北戦争中で南米に手を伸ばす余裕もない。
クリスティーが言うには、パラグアイ以外の国にはイギリスが進出しているらしいし、21世紀のようなアメリカの庭というには程遠い状況なのだろう。
しばらく待つと、ブラジルの外務官僚のような男が出てきた。
結構若い。もちろん、俺よりは年上だが、デューイとさほどは変わらないだろう。
「お待たせ〜、ギリシャの大使とアメリカの軍人だって?」
ギリギリ聞き取れるレベルの英語だ。話をするだけでも一苦労しそうだ。
もっとも、俺もデューイもポルトガル語はさっぱりだ。相手を言語能力で批判できる筋合いはない。
「そうだ。アメリカ大陸を回っていて、できれば国交を結びたいと思ってやってきた」
俺が答えると、相手は手帳のようなものをパラパラとめくっている。俺の言い分をメモに取るつもりなのかと思ったが、どうも違うようだ。
何か色々調べているようで、しばらくして、「ギリシャがどうたら」という独り言が聞こえてきた。
もしかして、こいつ、ギリシャのことを知らないんじゃないか?
相手国のことも知らない男を担当につけたのかよ。ラテン系はおおらかだと聞くが、いくら何でもおおらかすぎるのではないか。
まあ、相手を批判していても仕方がない。とりあえず話を続けよう。
「国交がダメなら、俺達が2、3年以内に用意できる素晴らしい商品の取引を約束できれば良いのだが?」
「素晴らしい商品? そんな曖昧な言い方では分からないなぁ」
相手は首を傾げながら言う。
ごもっとも。
俺としてみれば、ダイナマイトなのだが、呼び名がそうなるか分からないし、ちょっと説明が難しい。
「まあ、つまり、非常に安全性に秀でていて、しかも威力のある爆薬なのだが」
言った瞬間、相手の目が輝いた。
「それはすごいな! そんなものなら、パラグアイの奴らをまとめて吹き飛ばせるぞ」
「えっ、いや……」
こいつら、ダイナマイトを軍事利用でしか考えていない、だと?
まあ、確かに爆薬だから軍事利用はできる。そもそも有用な技術は大抵が軍事目的から始まったのだから。
「そんな素晴らしい爆薬があるのなら、大量に販売してくれないか」
「……まあ、何とかしてみる」
「それをやってくれるのなら、ギリシャとの国交を本格的に考えよう」
無事に発注できたが、ちょっと違う方向だった。
現代でも武器の供与は国交の基本ではあるが、こういう形の締結はノーベルも複雑かもしれないな。
いや、でも、元々ノーベル家は武器商人だったから、関係ないか。
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