第6話 イギリス・ブラジル関係
南米、ブラジル・リオ・デ・ジャネイロ。
まず降り立って思ったことは、当たり前だが言葉がほとんど分からないということだ。
ブラジルの公用語はポルトガル語で、それは今も昔も変わりがない。
市民は皆、ポルトガル語を話しているが、俺達はスペイン語もポルトガル語も挨拶くらいが辛うじてできるくらいだ。
だから、それなりの場所に行って英語が出来る奴を探す必要がある。
しかし、街並みにはそこかしこにイギリスの気配を見ることができる。
特に鉄道だ。
ブラジルの主要都市、リオ・デ・ジャネイロやサン・パウロやバイーアといったあたりを鉄道で結ぼうという計画があり、イギリス人技師を中心に路線が伸びている。
街頭や電信制度、上下水道設備も作られており、人口が少ないし太陽がまぶしい分、ロンドンやパリよりも近代化された街のようにも見える。
アマゾン川の雄大な自然やビーチ、周辺の街にも興味はあるが、目的地はブラジル皇室が住むサン・クリストヴァン宮殿だ。
街を歩いていて思うことは、これまで回っていた世界とは人種的に違うということだ。日本人でもアジア人でもない、ヨーロッパ人でもない人ばかり。新鮮な世界だ。
黒人奴隷らしい者も結構見かける。
そういえばチャールズ・ダーウィンはビーグル号で航海していた途中にリオ・デ・ジャネイロに立ち寄ったようで、そこで黒人奴隷が強制労働に従事している姿を見て不快感を覚えたと言っていたな。
そこまで酷い様子ではないが、偶々なのか、多少改善されたのかは分からない。
パラグアイとの戦争が始まったということだが、そういう雰囲気は感じないな。言葉が分からないから実際に何が話されているのかは分からないが。
普通の市民としてみれば、日々の暮らしに手一杯で戦争なんて遠くかけ離れた世界ということなのかもしれない。
ただ、相手国のパラグアイはそうも言っていられなかったはずだ。負けに負けを重ねて最後の方は子供も老人も駆り出して戦場に連れていくなど、太平洋戦争の日本以上に悲惨なところまで追いつめられてしまった。陸で繋がっている分、誰でも戦場に歩いていくことができたこともあったのだろう。
スポーツという点ではちょっと微妙だ。
ブラジルというとサッカーだが、伝わったのが19世紀末と言われていて、まだこの地ではサッカーのことが知られていない。
もちろん、俺が教えても良いのだが、全体の生活レベルがまだそこまで高くない。
一部の有閑階級ならともかく、20世紀のように多くのブラジル人の子供が当たり前のようにサッカーをやるように持って行くのは結構大変だと思われる。
ひとまず英国大使館に着いたが、これが随分と物々しい。警備員が10人くらい並んでいる。今までいろいろな大使館に行ったが、ここまで警備が凄いのは一時期の日本くらいだろう。日本は尊攘派がすぐ斬りこみに来たから分かるが、ブラジルにもそんな連中がいるんだろうか。
幸いにして、顔立ちなどから敵ではないと判断されたようで、すぐに中には入れてくれたが。
大使のウィリアム・クリスティーと話をすることにした。50手前くらいの少し小柄な男である。いつものように皇太子エドワードの威光を借りようとしたら。
「君がリンスケ・ミヤチか。外務大臣閣下から話を聞いた」
「あぁ、外務大臣から聞いているんだ。何て?」
「神出鬼没にどこにでも現れて、礼儀も何もあったものではないが、とにかくイギリスのためになる男なので任地に来たら丁重に扱うようにと言われている」
そんなに礼儀が悪いように見えるかね……?
まあ、品行方正ではないけど、エドワードの不品行の印象が俺にもくっついているのではないだろうか。
まあ、いいや。
「何か雰囲気が物々しいけど?」
俺の質問に、クリスティーは「おまえ、何しに来たんだよ」という顔をした。
「大分改善してはいるが、ブラジルとイギリスは非常に険悪な関係なのだ」
「うん? そうなの?」
完全に初耳だ。アジアやヨーロッパの関係はある程度知っていたが、さすがに南米との関係について細かいところまで知らないからな。
聞くところによると、3年前にリオ・グランデでイギリス船のプリンス・オブ・ウェールズが沈んだらしい。プリンス・オブ・ウェールズというと凄い船のように思えるが、この船は商船だった。
しかし、ブラジルはこの沈没船の船員を逮捕してしまった。
ブラジル側からすると「こいつら本当に商船なのか? 反乱でも起こそうとしていたのではないか?」ということらしい。イギリスはブラジルに対して「黒人奴隷を使うなんてけしからん」と文句を言っていたし、反感があったのだろう。
一方、イギリス側は「逮捕するのはもっての他だし、沈没もお前達ブラジルが間違った誘導したからだ。逮捕した慰謝料と船の分の補償もしろ」という態度に出た。
この解決策が見られずに3年くらいかかっているということだ。
これからすると、生麦事件を1年ちょっとで解決した日本は、迅速に解決に向かったということで評価して良いのかもしれない。まあ、南米というラテン気質の国と比較したらいけないのかもしれないが。
「とは言っても、ブラジル側はいつまでも厳しい態度には出られないはずなのだし、イギリスもこの状況が続いてフランスに良いところを取られるような真似は避けたい。そういう状況だから君が助けに来たのかと思ったんだよ」
クリスティーが言う。
なるほど。
ブラジルもイギリスも関係改善の道を模索してはいる。
しかし、お互いメンツがあるので自分から引き下がることも難しい。
そういうところに、イギリス寄りだけど完全にイギリスの代弁者とも言えない、公式な立場としてはギリシャ外務大臣のような俺がやってきた。
だから仲裁に来てくれた、とクリスティーは思ったわけだ。
宮殿に入るなら、それを引き受けるのが一番良さそうだ。
イギリスとブラジルを喧嘩させるつもりもないし、それでギリシャの立場も良くなるなら乗り出すのも一つありだろう。
「分かった。期待されすぎても困るけど、一応やってみるよ」
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