第5話 燐介、南米に向かう
南北戦争の集結まで、まだ少しかかりそうだし、大統領選挙の結果はリンカーンの大勝ちが濃厚だ。
さしあたり、俺がアメリカにいてもやることはなさそうなのでメキシコと南米に向かうことにした。
時間があれば、ハイチにも行ってみるかなと思ったが、とりあえずは南米、まずブラジルだ。
ワシントンからボルティモアに移動して、南米行きの船を手配してもらった。
船だけではない。合衆国は護衛兼案内役としてジョージ・デューイもつけてくれた。連合国最大の港湾都市だったニューオーリンズを陥落させたし、ミシシッピー川も合衆国側が完全制圧している。これ以上は海軍で働くより、外交的なことをした方が良いということのようだ。
ジョージ・デューイは俺との付き合いも結構長い。行動を共にするのは久しぶりだが、大体どういうことになるか分かっているようだ。
「ブラジルには知り合いがいるのか?」
「俺が直接知っている知り合いではないが……」
ブラジルは中南米では二か国しかない皇帝を立てている国家だ。もっとも、二か国と言ってもうち一つは今年から”なんちゃって”皇帝を名乗っているマクシミリアンのメキシコだから、実質的には唯一と言って良い。
元々はポルトガル国王がブラジルに行って皇帝を名乗ったわけで、ヨーロッパの王室に連なっている。ヨーロッパの王室に連なっているということは、イギリス王室ともつながっている。
エドワード達と同じザクセン-コーブルク=ゴータ家で7親等くらいにあたるアウグストがブラジル皇帝ペドロ2世の次女レオポルディナの婿としてブラジル入りしているらしい。エドワードより4つ、俺より3つ年下なので大体同世代のようなものだ。
このアウグストを頼りにブラジルに行くことにした。
仮にアウグストとうまくいかなかったとしても、俺はイギリス皇太子の友人という立場があるから、ブラジル皇室内で悪い扱いは受けないはずだ。
「更に皇室からのけ者にされたとしても、ブラジル国内の自由主義者への紹介状をガリバルディから貰っているから、そっちに行けばいいさ」
「……相変わらず、おまえは行く先々に知り合いを用意しているんだなぁ」
デューイが呆れている。
もっとも、ブラジル行きのタイミングは良くなかったようだ。
それを知るのは途中でジャマイカに立ち寄った時だ。かつて、ここで黒人の選手達を集めたことが懐かしい。懐かしみながら立ち寄ったが、街は南米の方で大きな戦争が始まったという情報で持ち切りだ。
「やばいよ! 南米は大戦争だよ!」
市民の話に懐疑的なのはデューイだ。
「大戦争? アメリカ合衆国と連合国の戦争以上の大戦争があるものか」
アメリカ人なら確かにそう言いたくなりそうだが、相手は「それより凄いよ」と一歩も引かない。
「ブラジルとアルゼンチンがパラグアイとの戦争を始めたって言うんだ。ほぼ南米全部だよ」
「……マジかよ」
地図で確認して、デューイも呆気に取られている。
いわゆる南米三国戦争だな。教えてくれた奴は慌てていたのか抜かしているが、ブラジル・アルゼンチン・ウルグアイの三国対パラグアイの構図だ。
北米の大戦争を離れて来たら、南米では大戦争が始まりそうなのだから、デューイが溜息をつくのは無理もない。
びっくりはしたが、戦争があったこと自体と結果は分かっているから、慌てるまでには至らない。
「ということは、ブラジルまで行くのは大変なのかな?」
海の方まで戦火が広がることはなかったはずだが、戦争当事者だけにアメリカからの船を受け入れないということはありうる。
ここまで来て南米に行けないとなると、ちょっと悲しいが。
「どうなんだろう? 戦争は始まったばかりだし行けるんじゃないか?」
ジャマイカの港湾役人が適当に答える。
こいつの発言は信用できないが、海まで戦火が広がらなかったはずという記憶を信じて、行ってもらうことにした。
ジャマイカを出発すると、今度は東に行く。
もちろん、南に行けば南米自体にはすぐに着くが、南米は広い。目的地ブラジル帝国の帝都であるリオ・デ・ジャネイロに行くには大西洋側まで出て大きく回る必要がある。
普通の船で行くとなれば大変だが、幸いなことに合衆国の軍船だから安定性その他は問題がない。
途中、バルバドスに立ち寄り、そのまま東へと向かった後、南下した。
カリブ海を縦断して南米まで行くのだからかなりの距離だ。気候も変化してくる。
「おい、リンスケ。何か暑くないか?」
「それはまあ、このあたりは赤道付近だし」
「……赤道? そんなに南まで来たのか」
「もっと南に行くことになるな」
船は赤道を越えて、南に向かう。
考えてみれば、デューイも初めてだろうが、俺も赤道の南に来るのは初めてだ。
マラッカ海峡を通過したことはあったが、あのあたりがギリギリ赤道の北というあたりだったはずだ。
前世も含めて、初めて南半球に来たことになる。
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