第4話 戦争後を見る者達

 リンカーンは多忙もあるようで疲れているようだ。休憩室に向かった。


 代わって、副大統領候補のアンドリュー・ジョンソンと話をすることになる。


 現時点でのリンカーンの副大統領はハンニバル・ハムリンだったが、今回の選挙戦ではこのジョンソンを副大統領として戦っている。


 ハムリンはどちらかというと共和党の中でも北部重視だ。一方のジョンソンは南部の州だったテネシーからやってきており、南部寄りだ。


 これは戦争後のことも考えているということだろう。


 ニューヨークでの選挙演説でも言ったが、戦争が終わった後に南部に制裁を加えることは望ましくない。再び一つとなって発展していくにはある程度南部を許す姿勢も必要になるだろう。


 だから、ハムリンよりジョンソンということだ。



 実際、史実では南部の再生とともにアメリカは発展していった。


 ただ、南部に譲歩しすぎた結果、黒人奴隷の権利についてはいつの間にか南部主導で否定されることになり、20世紀の公民権運動を待たなければならなかったということもある。


 そしてリンカーンもジョンソンもその揺り戻しを意識していて、後世からするとあまり評価されないことをやろうとしている。


 解放された黒人を別の場所に送ろうという計画だ。


 リンカーンは何が何でも黒人奴隷を解放しなければならないと考えていたわけではないし、解放された後のアメリカがうまくいくとも思っていない。だから、別のところに移ってもらった方が良いのではないかと考えているわけだ。


 候補先として有力なのは黒人の国であるハイチだ。あとはアフリカのリベリア、それもダメならパナマの一地方を考えているらしい。



 ジョンソンに対してノーベル家が開発しているダイナマイトを売り込んで、その承認を得た後、そういう話になった。


「ハイチで黒人たちの住所を作ることにも使えそうだな」


「そうだね」


 20世紀や21世紀の価値観からすると中々認めがたいが、この時代に関してはこういうものなのだから頭ごなしに否定していても仕方がない。


 実際の歴史では、結局アメリカの黒人奴隷は苦難の歴史を歩むことになったのだし、「ハイチに行った方がお互いのためなのではないか」という考えも否定はできない。それに移民によってつくられた国がダメというわけではない。ユダヤ人のために作られたイスラエルのように、きちんと発展しているところもある。周辺外交という点ではちょっと問題も多いが。



 ただ、黒人解放奴隷の移民OKとしても問題がある。ハイチの状況が全然良くないことだ。


 ハイチは世界で初めて独立した黒人国家だが、その代償が高くついた。


 というのも、元々フランスの植民地扱いだったが、独立する際にフランスに損害を与えたということで多額の賠償金を払わなければならなかった。これが第二次世界大戦の後まで支払うことになってしまって、ハイチの発展の大きな足かせになっている。


 日本も日露戦争の借款を1980年代まで返済していたという。


 80年以上払っていたわけだが、ハイチはその倍近い期間払っていたし、残念なことに日本ほどには環境が恵まれていなかった。結果的にハイチは21世紀現在、もっとも悲惨な環境にある国となっている。


「ハイチに送るのなら、ハイチの環境をもう少し良くしないと、邪魔だから借金まみれの国に追い出したということにならないかな?」


「うーむ……、まあ、確かにリンスケの言う通りではある……」


 一応、合衆国はそのための予算も用意しているが、ハイチの状況を考えるととても足りないだろう。さすがにハイチがフランスに負っている賠償金まで肩代わりはしたくない。


「それに黒人解放奴隷には知識人階級もいないしね。誰かしらリーダーでも見つけて教育しないと、行った先で野垂れ死ぬだけになるよ。そうなるとアメリカの評判はダダ下がりだろうね」


「……」


 ジョンソンは渋い顔になった。



 ハイチよりは余程立場が強いが、アメリカもまだまだ一流国というわけではない。


 ヨーロッパからの評判を気にしないわけにはいかないし、世評を気にしている。そのために俺がフットボールチームを作ったわけだし。


「そうするとやはり中米かなぁ」


 ハイチは難しそうと分かっても、計画そのものには未練があるらしい。


 正直難しいとは思うのだが、どうだろう。


 南北戦争は史実より早く終わりそうで、その他のことも含めてかなり歴史が変わっている。


 不吉なことを言っていたが、リンカーンも死なないかもしれないし、ひょっとしたら黒人解放奴隷が新天地を求めるという流れになるのだろうか。

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