第3話 燐介、リンカーンの悩みを聞く
スワードは引き続きニューヨークでの仕事があるようなので、部下を1人つけてもらってホワイトハウスに行くことにした。
「大統領はもちろん覚えているだろうが、周りが君のことを認識していない可能性があるからね」
まさに俺も危惧していたことなので有難い。
ただ、結局、野球を見るということはお預けになってしまった。
野球というと、このスポーツは南北戦争を通じて南部にも広がり、最初の全米的なスポーツになったということは何とも皮肉なことではある。
これによって、全米的なリーグの機運が高まることになる。
もちろん、交通網の問題があったので南部や西部のチームが本格的に参入してくるのはかなり後になるが、セントルイスやシカゴあたりまでは広がることになった。
以降、今に至るまでずっと続いている。
二度にわたる世界大戦中も中断などはしていない。さすがに選手が大勢派遣されたことでレベル自体は下がっていたというが、日程は全て消化した。
このスポーツが中断したのはストライキの時のみというのは何とも皮肉なことではある。
ま、ともあれワシントンまでやってきた。
元々、ワシントンのすぐ南側は連合国領になる。首都でありながら最前線でもあったわけで、戦争が一番激しい頃には近くにも砲火が及んでいた。
そのためか、有利になった今も緊張は強い。ホワイトハウスも厳重な警備を敷いているということだ。
もっとも、ホワイトハウスに「俺がニューヨークで支援活動をした」という電報は打っているらしいから、リンカーンも俺が到着していることは知っているだろう。
ホワイトハウスに着いた。スワードの付き人が「分かっているな?」という顔で尋ねると、全員「ようこそ」という雰囲気で迎え入れてくれる。
中に入り、執務室に通された。
「大統領。ミスター・リンスケを連れてきました」
声をかけると「入りたまえ」と返事が返ってきた。
中に入ると、大統領席に座っていたリンカーンが立ち上がってこちらに近づいてくる。
「久しぶりだね。来てくれてうれしいよ、リンスケ」
そう言って右手を出してきた。握手をかわして、俺も「お久しぶりです」と答える。
リンカーンは上機嫌なようだが、疲れているようにも見えた。戦争中の大統領だ。疲れないはずがないのだろうが、弱々しく見える。
「随分疲れているようですね?」
「そう見えるかい?」
リンカーンは弱く笑った。
「選挙戦が大変だからですか?」
「まあ、それもあるけれど、色々大変なんだよ。せっかくだ、お茶でも飲んでいきたまえ」
そう言って、紅茶と菓子をもってくるように指示を出した。
スワードの従者もいなくなったところで溜息をつく。
「アメリカは自由の国でなければならないんだがね。その国の大統領は身動きがほとんど取れないんだよ」
「大変ですね」
国のトップであるだけに弱みを見せることはできない。
しかし、本人には色々弱い部分や悩んでいることもある。そうしたことが色々積み重なっているようだ。
「特に息子のことだ」
家庭の話などは、共和党内などで中々出来ないのだろう。部外者の俺に対して、ふと口が軽くなったようで話を始めた。
リンカーンの長男のロバートは20歳だ。
つまり、徴兵適齢にある。
本人は徴兵に応じるつもりのようで、父である大統領も「やむなきこと」と思っているようだ。
ただ、ファーストレディのメアリーは反対しているらしい。これは素朴に母親としての感情にあるようだ。また、他の息子2人が早逝しているため、長男を出したら戦死するかもしれないと恐れているらしい。
リンカーンとメアリーの関係も問題らしい。
メアリーは個人的にも問題があるようだ。社交的で口が軽いので、おいそれと変なことを言えない。既に関係がギスギスしているところに息子のことも重なって、冷戦状態になっているのだと言う。南部と戦争中というだけでも例外的なのに、更に妻と冷戦中というのは大変だ。
もっとも、リンカーンはそういうことは程度の差こそあれ、他の大統領も経験したのだろうとコメントしている。
「他の人が4年以上、大統領をやらたくないと言ったのはよく分かるよ」
だから、4年で踏ん切りをつけて元の生活に戻る。ジャクソン以降、二期目に挑んだ大統領がいない理由を彼はそう考えているらしい。合っているのかどうかは分からないが、リンカーンはそう思っているようだ。
「でも、再選を目指すんですよね?」
「そうだね。理由は二つある。ここまで来て逃げたと思われたくないのが一つと」
なるほど、プレッシャーから逃げたと思われるかもしれない、ということか。
「あとは、これだけ大きなこととなったのだ。誰かが清算しなければならない。それは始めた自分が引き受けるべきだろう」
「……」
何だか不吉な発言だ。
この先のことが見えているのだろうか……
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