第2話 燐介、スワードと交渉する①
壇上に上がらされてしまったが、正直、1864年の大統領選挙でリンカーンが何を言っていたか全く知らない。
「……一体何を話せばいいの?」
会場はノリノリだ。スポーツのヒーローインタビューみたいな雰囲気だから余程変な事を言わない限りは拍手してくれそうだが、それでも何かしらの指針が欲しい。
それをスワードに聞くことにした。
「最大の懸念点とされているのは、再度立候補する意味がどこにあるのか、ということと連合国を最後まで叩きのめす必要があるのかということだ。結構な被害も出ているし」
非常にありきたりな答えが返ってきた。
それは分かるのだが、ついさっきニューヨークにやってきた俺にそれを説明させるかな。
ロバート・リーはやはり名将だし、銃弾飛び交う戦場なわけだから死傷者が増えるのは当たり前だ。
……まあ、いいや。
「ハロー! ニューヨーク!」
両手をあげて挨拶すると、全員が大盛り上がりだ。
「私は3年ぶりにアメリカに戻ってきた! 今、合衆国がもう少しで連合国に勝てそうという事実に、私は非常に興奮している!」
再びリンスケコールが巻き起こった。ヒーローインタビューってこんな感じなのか、気分がいいなぁ。
「皆さんの中には、連合国を最後まで叩きのめす必要があるのか、ここまで来たらやめてしまってもいいのではないかと思っている者がいるかもしれない。しかし、それは正しくないとはっきり言いたい!」
やはり関心があることのようで、静かになった。
「何故なら、アメリカはこれからヨーロッパに追いつき、追い越すことを目指さなければならないからだ! そのためにはアメリカは一つである必要がある! 確かに不幸な経緯、考え方の違いがあり、今、二つに別れて戦っている! しかし、元々は同じ建国の父を抱き、共に独立したことも忘れてはならない。
イギリスだってそうだ、彼らの国にはスコットランド、アイルランド、ウェールズといった国々を抱えているが、それぞれが一緒になっているから強いのだ。アメリカも同じだ! もう一度一つにならなければならない! それは苦しい道であり簡単な道でもないが、もう一度一つになれるよう受け入れる必要がある!」
そうだったのかとか、そうだ、イギリスに追いつくぞという声が上がってきた。
悪くない方向性のようだ。
「そのためには我々の大統領・エイブラハム・リンカーン氏にもう4年間を任せる必要がある! 何故なら、我々にはまだ戦う指揮官が必要だからだ!」
地響きのような歓声があがる。何人かサクラがいるのかもしれないが、凄い勢いだ。
「サンキュー、ニューヨーク!」
と、終わって後ろに下がった。
スワードが目を丸くしている。
「いや、たいしたものだね。さすがに世界を回っている男は違う」
「そうかな?」
「4年後は私の後につくかね?」
そう言ってニヤッと笑った。
私の後、ということはアメリカ国務長官?
「いや、遠慮しておくよ……」
ギリシャで外務大臣みたいな扱い受けていて、更にアメリカの国務長官はまずいだろう。
その後も何人か演説が続いて、大盛況のうちに終わった。
元々がリンカーンとスワードのシンパだったのだろうけれど、これだけ盛り上がったことが新聞などに出れば、風向きも変わるのかもしれないな。
「そう願いたいものだ」
スワードの事務所に向かう馬車に乗っている。
そこまでスワードに付き合う必要はないのだが、街の中央まで行くし、貸しが出来たのを良いことにノーベルの商品を売り込みたい目論見もある。
「そういえば……」
途中、スワードが思い出したように言う。
「世界のことをよく知り、日本という極東の国にいたリンスケなら分かるかもしれないと思うが、アラスカのことをどう思う?」
アラスカ?
あぁ、この時代はまだアラスカはロシアの領土なんだっけ。
確かクリミア戦争に負けて、色々と軍資金が欲しくなったロシアがアラスカをアメリカに売ったわけだな。そうか、売った相手はスワードだったわけか。
当初は「何であんな僻地を」、「ロシアに騙された」みたいな意見が大半だったけれど、そのうち地下資源が見つかって、現在では「超お得な買い物だった」みたいに言われているようだ。
ただ、それを除いてもロシアの売値もそれほど高くなかった。ロシアもたいしたところだと思っていなかったんだろう。アメリカはカムチャッカ半島近海で捕鯨をしたいから日本に函館も開港させたのだし、アラスカを獲得するのも捕鯨という観点でも意義のあることなんだろうな。
「そうなのだ。まあ、まだ戦時中で金に余裕がないが、連合国が降伏したらロシアから買い取ろうと思っている」
「悪くないと思うよ」
「そうか。リンスケが賛成したのなら大統領も説得しやすい」
そう言えば史実では、買い取る時にはリンカーンはもう暗殺されていたんだろうな。
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