37章・アメリカ南北縦断

第1話 燐介、リンカーン再選運動に参加する

 10月25日、俺はほぼ3年ぶりにアメリカ東海岸・ニューヨークへと着いた。


 既にニューヨークでは戦時中という空気は薄い。話題は二週間後に開催される合衆国の大統領選挙のことでもちきりだ。



 この大統領選挙には何人か立候補しているが、有力なのは現職のエイブラハム・リンカーン以外では民主党から出ているジョージ・マクレランただ1人。しかし、世間の評価は圧倒的にリンカーンが有利ということらしい(※)。


 その要因は今まさに北軍が南軍を破壊せんとしている戦況にある。


 ユリシーズ・グラントやウィリアム・シャーマンが東西から連合国の首都リッチモンドをサンドウィッチにせんがごととくに進軍しているらしい。南軍のエドワード・リーも懸命に防戦しているというが、残念ながら支援してくれるところがない。支援のアテもない防衛線ほど虚しいものはないと言えるだろう。


 まあ、北軍の圧倒的優位な状況に関しては、俺が多少イギリスで頑張ったことも影響しているのかもしれないが。



 今まさに勝利に導かんとする総司令官を選挙で落とすという方法はない。


 リンカーン側にある懸念点としては、1832年のアンドリュー・ジャクソンを最後に二期目に臨んだ大統領はおらず、「二期目に勝つのって大変じゃね?」というジンクス的な空気があるということと、多少の厭戦気分はあるということくらいだろう。



 今回、俺がニューヨークにやってきた目的は、まずノーベルのダイナマイトの売り込みでもあるのだが、アメリカが今後どう動くかをきちんと見極めたいところもある。


 というのも、南北戦争が終わったアメリカは一気に先進国への道のりを進んでいくことになる。様々な発明や技術がアメリカで生まれていくわけだ。これらを無視することはできない。


 また、外交面でも色々重要なカギを握る。日本との外交面では英仏に遅れをとったが(この世界ではエドワードが訪日してイギリスが圧倒的に走っている)、南北戦争で使い終えた武器などを廉価で日本に販売するなど戊辰戦争に影響を与えた。戊辰戦争は無さそうな雰囲気だが、近代化のうえで武器の購入は新生日本軍に必要かもしれない。


 また、メキシコのことがある。マクシミリアンとフランス軍が遊んでいられたのは、アメリカが南北戦争中だったからだ。終わったら、一気にメキシコ情勢が動く。


 この双方をうまく取り持ちたい思いもある。



 ただ、問題はどうやってリンカーンに会うか、だ。


 かつて協力したことがあるとはいえ、3年も疎遠になっている。


 加えて、ここアメリカにおいては直接話せる相手が少ないことだ。


 イギリスなら、ヴィクトリア女王、エドワード皇太子、首相のパーマストン、外務大臣のジョン・ラッセルやディズレーリあたりまで含めて話せる相手が大勢いる。


 アメリカではリンカーンだけだ。国務長官のウィリアム・スワードや司法長官のエドワード・ベイツは知らないわけではないが、あくまで知っているだけ。向こうも「あのヘンテコな日本人か」くらいの認識だろう。


 いきなりホワイトハウスに「ちわーっす。大統領に会いに来ました」と行くわけにもいかない。


 他に繋いでくれそうなのはジョージ・デューイやデヴィッド・ファラガットくらいだが、2人とも海軍の将校だからこれまた会いに行くのも簡単ではない。



 中々難しそうだが、とりあえずニューヨークから大統領に手紙でも出しておいて、のんびり返信を待つとしよう。


 その間はニューヨークでベースボールでも見ることにするかな。


 しばらくのんびりできそうだ。


 ……なんて考えたのは甘かった。



 ニューヨークの街を歩いていると、遠くから演説の声が聞こえてくる。


 大分離れたところに人だかりができていて、壇上で誰かが話をしている。


 遠目に見ると、お、ウィリアム・スワードだ。


 そういえばスワードの地盤はニューヨークだった。リンカーン再選のための演説をしているわけか。


 全く知らない間柄ではないし、一応ちょっとだけ挨拶でもしておこうか。


 と、少し近づいたのがまずかった。


「おぉ! そこにいるのはリンスケ・ミヤーチではないか!」


 何とスワードが壇上から俺に気づいたのだ。


 まあ、周りにいるのはいかにもアメリカーンな感じの帽子をかぶっている紳士風の男ばかりだ。そんなところを英国風の服を着た東洋人が歩いていたら目立つのは間違いない。


「ニューヨークのみんな! 遠く日本から、リンスケ・ミヤーチが大統領を応援するために来てくれた!」


 スワードが壇上から呼びかけ、たちまち関係者が近づいてきた。


「彼は、このアメリカ合衆国にもっとも貢献してくれている外国人の1人である! 彼はイリノイ州で黒人中心のフットボールチームを編成し、ヨーロッパに遠征した。その活動もあって、イギリスやフランスは連合国から距離を置いているのだ。彼の貢献なくして、合衆国の勝利はなかった!」


 勝利、とまで言ったか。ここまで言えるくらいに有利になっているというわけだな。


 しかし、スワードは俺のことなど変な日本人くらいの認識だろうと思っていたがよく覚えている。


 俺はスワードをちょっと甘く見ていたようだし、市民が、特に黒人が歓呼して「リンスケ! リンスケ!」と呼びかけている。


 ここまで来たら、もう逃げられない。


 のんびり野球をするつもりが、いきなりリンカーンの応援演説をさせられる羽目になってしまった。



※史実ではここまで一方的ではなく、リー将軍がかなり長期にわたって持ちこたえていますし、それを踏まえて大統領選挙も途中までは苦戦気味でした。アトランタを占領したことと、マクレランが奴隷制復活をするのではないかと警戒されたことでようやく勝利できたようです。

ただ、この世界線では連合国への英仏の協力度合いが低いので、一方的になっている想定です。

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