第9話 ジャパニーズ・ゴードン①

 私がいない間に、五箇条の御誓文を含めて新年に発表する文案・起案などは全て進んでいた。


 人事については桂が言っていたようにまだ少し時間がかかるだろうが、こればかりは仕方がない。



 あとは新年を待つのみ、と思っていたのだが、事はそう簡単には運ばない。


 この年末に慌ただしく、訪問者が二組もやってきた。



 最初は中沢琴だ。千葉佐那を連れてきた。


 佐那が京に来たということは、またヨーロッパに向けて旅立つ、ということだろう。


「燐介のところへ行く、と考えて良いのでしょうか?」


 別に私に確認する権限も何もないが、一応確認する。


「はい。中沢様から話を聞き、一晩考えて結論を出しました」


「それは何よりです。父や兄にも了解を?」


「はい。特に反対もありませんでした。恐らく内心ではとんでもない娘だと呆れているのではないかと思います」


 佐那はそう言って嫣然と笑う。


 呆れているというよりは、ヨーロッパに何度も行っており、幕府から直接呼び出しを受ける存在になったことで千葉家としても扱いづらくなっているのかもしれない。


 許婚としていた坂本龍馬にしてもフラフラしているので、早く片づけたいというと失礼かもしれないが、道筋を決めてほしい思いはあったのだろう。



「燐介はアメリカ大陸に渡るらしいから、ロンドンに行って、しばらく2人で待つことになるだろうね」


 と、仲人役を務めた中沢琴も満足そうだ。


「それは良かったが、中沢殿はどうするのかな?」


 21世紀だったら、彼女くらいの年齢の女性に結婚について聞くのはタブーだろうが、この時代はそういう問題はないだろうし、本人も特に気にするところはない。


「私より強い男子がいれば……と言いたいところだが、中々そういう相手もいないのだよねぇ」


「そもそも、今後を日本で過ごしたいのか、イギリスで過ごしたいのか、貴女の場合はそこからして謎なのだが……」


 史実の中沢琴は新徴組に入っていたが、徳川家が安泰の今となってはそうした生活を送る必要はなさそうだ。ロンドンでは俳優として人気らしいから、その方面で生きていくのも賢そうではあるが。


「ロンドンの方が過ごしやすいのは確かなのだが、この先もずっとロンドンにいるかどうかというのは分からないんだよねぇ。まあ、私は1人でいるのが普通になりすぎたのかもしれない」


「非常に特殊ですね」


 21世紀なら1人で過ごす者は普通にいるが、19世紀でこうした生き方を選ぶ女性というのは中々いないだろう。



「それはそれとして、山口殿から燐介に手紙でも送るのなら持っていくよ。渡すのがいつになるのかは分からないけれど」


 ロンドンで分かれた時には、燐介はアメリカ大陸に行くと言っていたらしい。しかも、アメリカ合衆国だけでなく南米にも行くらしいから、それこそ一年以上かかるかもしれない。


「燐介に伝えたいこともありますが、エドワード殿下にも頼みたいことがありますので、何とかお渡しできませんかね?」


「うーん、約束はできないけど善処はしてみるよ」


 燐介にはいつ渡せるか分からない。時間的に確実なのはイギリス皇太子エドワードの方だろう。イギリスに着けば手に届くはずだ。


 大政奉還が固まり、2、3年以内に憲法を作るとなった以上、イギリスの力を借りることになるだろう。イギリス式は日本には合わないのではないかとも思うが、どの道憲法を変えやすいようにしておくのであれば大きな問題にならないはずだ。



 燐介とエドワード皇太子への手紙を書いて渡して、2人は大坂に向かっていった。この後、大坂から長崎に向かい、ヨーロッパへと向かうのだろう。


 これで新年と思っていたら、2人と入れ替わりに大坂から使節が飛んできた。


「山口様、英吉利からの使節が大坂におりまして、山口殿と会いたいと」


「私と?」


 エドワードが戻って以降、私からイギリスに対して特にアクションを取ってはいない。


 大体は燐介を通じてか大使館を通じてだ。大坂から私に会いに来ると言うのは異例と言える。


「何者かは分かるかな?」


「彼の国の者はよく分からない発声をしていますが、確かかーるず・ごーどんと」


「チャールズ・ゴードン?」


 というと、太平天国と戦っている常勝軍の指揮官ではないか。



 あ、そうか。


 太平天国の乱はこの年に鎮圧されたはずだ。


 南京は完全に包囲されて、洪秀全は失意のあまり病死したはずで、その後、息子が逃げ出そうとしたが失敗して捕まり、処刑されたはずだ。


 太平天国の乱を崩壊させたから、ゴードンとしては当座の役割は完了した。そこで皇太子が訪ねるなどイギリスに接近している日本に関心をもって訪ねてきたのだろう。あるいは今後の東アジア秩序をどうするか、という話になるかもしれない。


 新政府の形も決まっていないのに、東アジア秩序の話をされると大変だが無視するわけにもいかない。


「……分かった。すぐに大坂に向かう」


 大分軟化したとはいえ、孝明天皇は京に外国人が入ってくることだけは勘弁してくれという立場だ。


 こちらが大坂に出向いて話をするしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る