第8話 天狗党始末③

 史実でも慶喜が天狗党と戦うことはなかったが、それはここでも同じだった。


 越前まで着いてみると、天狗党は既に加賀に対して降伏していた。



 史実では加賀は天狗党に対して厚遇していたという。天狗党は関東では暴れていたが、関東を出て行こうは支持の低下を恐れて軍規を厳しくして進軍していたから、だ。


 ただ、関東で暴れ回っていたことを知っている幕府側が着くと、扱いが一変、鰊倉に押し込められて悲惨な目に遭ったという。



 私は道徳的なことは言えないが、慶喜に対して「殺し合いが連鎖するようなことはやめよう」とは言っている。


 そのせいもあってか、史実では面会するはずもなかった慶喜が「武田と藤田に会わせろ」というようなことを加賀の担当者に言っている。


 もちろん、加賀が一橋慶喜に反対するはずもないし、ここには私もいる。幸いにして私も加賀にはかなり信用されているので、揃って会いに行くことになった。


 天狗党の面々は全員が武器を奪われたうえでまとめて広い牢獄に入れられているが、幹部である武田耕雲斎、藤田小四郎、山国兵部らは個別の牢獄に監禁されている。


 そのうち、慶喜は藤田を訪ねた。



 藤田小四郎は24歳というから、私より5つ年下となる。


 才気煥発とした若者という評判だが、意気消沈しているのか冷静、陰気そうな青年に見えた。


 現代日本であれば「彼がこんな物騒なことをするとは思わなかった」と言われそうな雰囲気の人物だ。


「小四郎、久しいな」


 慶喜が声をかけた。気づいた小四郎が駆け寄ってくる。


「殿! お聞きください、私達は……」


 と、弁明しようとする小四郎を慶喜が右手で制した。


 それでも小四郎は叫ぶ。


「私達は死を恐れているわけではありませぬ! ただ、私達は正義のために立ち上がったのです! それを殿に分かっていただきたく」


「小四郎、それは誰にとっての正義だ?」


 慶喜の言葉に、小四郎はぽかんとなる。


「……誰にとって?」


「小四郎、政道というのはな、正邪と分けきれるようなものではないのだ。お主は正しいのかもしれん。しかし、お主の言うこと、なすことでは解決しなかった。違うか?」


「……」


「それに引き換え、ここにいる山口一太は解決策を示してくれておる。だから、主上も余も一太を信じることにしている」


「それでは、殿は間違っていても構わないというのですか? 正しくないところに政道はありませぬ!」


 小四郎の叫びに、慶喜は淡々とした様子だ。諭すように言う。


「小四郎、良いか。もっとも正しくあらねばならぬのは主上なのだ。我々が正しい、正しくないというのは二の次だ。おまえの言うことは逆になっておる。尊王を言う自分が正しい。だから違う者を排斥しても構わぬと。違う。主上が正しくあるために、我々は時として間違ったことも選ばねばならぬのだ」


「……あっ」


「おまえの才は父・東湖に十倍したかもしれぬ。しかし、東湖があのような形で死んだことでおまえの才は誤った方向に向かってしまった。それが残念だ」


「……」


 小四郎は完全にうなだれてしまった。


 いかにも水戸藩らしいというか、錦の御旗が掲げられた途端に逃げ出し、以降あらゆる汚名を被った慶喜らしい言い分ではある。ただ、この思想に染まった者ばかりでも、それはそれで困りそうだが。



 2人の話は続く。


「もちろん、余や兄(水戸藩主・慶篤)がおまえを正しく導けなかったことも問題だ。その点では申し訳なく思う。しかし、おまえが水戸や関東でやったことは言い逃れのできるものではない」


「それは分かっておりまする。この小四郎、いつでも腹を切る覚悟が」


「いや、切腹はままならぬ。おぬしがやったことが水戸の中だけであれば、余は切腹を命じただろう。しかし、他国でも多くの者の恨みも買った。天狗党の残りの面々を助けるためには、耕雲斎と小四郎、兵部を切腹させるわけにはいかんのだ」


 斬首も切腹も死刑であることには変わりがないのだが、切腹というのは名誉ある死で、斬首は不名誉な死とされていた。斬首というのは本人のみならず家にとっても不名誉なものであるが、こればかりはやむを得ないだろう。


 慶喜の言うように、天狗党はやり過ぎてしまったわけだから。


「おまえ達は那珂湊や水戸で散々に暴れ、対立する者達を迫害して回った。このままにしておけば、その面々が報復に出るだろう。それは余が責任をもって守る。天狗党として加担した面々を無罪放免とはいかぬが、今後、この国がなさねばならぬことは多い。当面は蝦夷地に派遣する予定だ」


「蝦夷地……」


「そうだ。簡単なことではないだろうが、それでも生きていくことはできる。残った面々は余が責任をもって対処することを約束しよう」


「……お願い、申し上げまする」


「小四郎、おまえは道を誤った。かくなる上は霊魂となって主上を守るのだ。余を恨むのは構わん。必要とあれば取り憑くが良い。ただ、それは全て主上のためであらねばならぬ」


「は、ははっ!」


「余が言いたいのはそれだけだ」


 慶喜は実際に踵を翻し、牢を後にした。



 この後、他の幹部も周り、同じような話をして死にゆくことを納得させた。


 史実では全く会おうともしなかったから、その点では死んだ者も多少は救われることだろう。



 処刑そのものは手続もあるので年を隔てることになりそうだが、天狗党そのものは何とか年が変わる前に解決した。尊王攘夷の運動としてはこれが最後の大がかりなものだ。以降は小康状態となっていくだろう。


 京に戻るともう年の瀬だ。


 日本が変わる年が近づいてきている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る