第7話 天狗党始末②
11月に入り、一橋慶喜が朝廷に上がってきた。
そういう噂は聞いていたので、私は御所で慶喜を待つ。
「山口一太……」
入ってきた慶喜は私を見て、不可解、というような顔つきをしたが、わざわざ足を止めて話をすることまではしない。そのまま御所の奥に、天皇への面会を求める。
話が通っていることもあり、すぐに孝明天皇が現れた。
「主上、某はこれより、京に歯向かおうとする不貞極まりない天狗党を殲滅するために出撃したいと思っております。どうか出撃をお許しください」
「うむ。話は聞いている。一橋慶喜よ、見事、そなたの勤王の志を見せてくれ」
「ははっ!」
「あと、そこにいる山口一太を連れて行くが良い」
「……はっ?」
これは完全に不意打ちだったようで、慶喜は唖然と私を眺める。
しかし、天皇から直々に言われて、「嫌です」と言う訳にはいかない。
「承知しました」
そう平伏して、すぐに御所を出た。
私ももちろん、その後を追う。
慶喜はしばらく何も言わなかったが、御所を出たところで短く問いかけてくる。
「何が狙いだ?」
「何が狙いかと聞かれても困りますが……」
「困るのならついてくることはないだろう」
「それがそういう訳にも行かず……」
「おまえの立場からすると、天狗党は許しがたい連中だろう。尊王攘夷そのものの連中であるし、ここに来るまでに暴れ放題だったし、な」
「はい。もちろん、積極的に彼らを助けたいとは思わないのですが、ただ……」
「ただ? 何が言いたいのだ」
「水戸で報復の嵐が吹き荒れて、有為の人材が失われることを恐れています」
慶喜は「むっ」と呻いて、しばらく無言である。
「天狗党と諸生党の争いが行きつくところまで行きつきますぞ」
慶喜はしばらく無言だ。もちろん、彼に未来が見えるはずはないが、対立を煽れば水戸から人材が払底することは理解できたのだろう。
ややあって、私の顔を睨みつけてきた。
「ならば、その方を連れていけば解決がするのか?」
「解決するとは限りませんが、もう少しマシなことになるかもしれません」
「……分かった。ついてくるがよい」
ようやく、慶喜は承諾した。
水戸の内乱は斉昭が生きていた間から激しいものだった。
それがピークに達したのが天狗党の乱だ。この時に、天狗党側が対立派閥の諸生党の面々を徹底的に攻撃した。
この報復として、天狗党が幕府軍に降伏した後、今度は諸生党側が天狗党側の人間を徹底的に殺していった。この時に天狗党側はほぼ壊滅した。
大政奉還後、新政府の倒幕方針が固まると水戸内部も倒幕派が掌握した。倒幕派は基本的には天狗党残党なので、今度は前回の報復とばかりに残っていた諸生党をほぼ壊滅させた。
結果として水戸はめでたく? 誰もいなくなったというわけだ。
加賀も中々酷いものだったが、水戸はそれ以上である。
さすがにこの事態は避けたい。
ただ、慶喜に対して多少はマシな選択を与えられると言ったものの、現時点で何か名案があるわけではない。
天狗党は特に関東ではかなり暴れ回っており、恨みを買いまくっている。
現在、北陸を移動している面々、特に武田耕雲斎や藤田小四郎ら幹部達を助命するのは難しいだろう。
水戸に残っていた彼らの家族郎党まで皆殺しになるのは忍びないが、水戸の内部抗争は今に始まったことではなく、それこそ斉昭の治世中からあったことだ。
これを完全に助けるのは慶喜にも、現藩主の慶篤も難しいだろう。
となると、処罰の方針を変えるしかない。
「蝦夷地の開拓を命じさせるのはどうでしょうか?」
「蝦夷地か? なるほど……」
江戸幕府後半の頃から、蝦夷地防衛は東北諸藩に課せられていた任務の一つであった。それがかなりの重荷となっていることは、もちろん慶喜にも分かっている。
大政奉還がなされ、一国家となったうえでは、一部地域に蝦夷地防衛を押し付けるわけにはいかない。今後は日本全体として行うことになっていく。
ただし、労力となるとまた別だ。実際にもあったらしいが、犯罪者などを蝦夷に派遣して働かせるということはあった。
蝦夷地の開拓も厳しいものだった。
考え方によっては、水戸の内部抗争で粛清される方がマシかもしれない、と思えるほどだ。
しかし、ひとまず蝦夷に行かせてしまえば後々釈放することも可能である。
蝦夷まで行けばさすがに派閥争いもしていられないだろう。極論とはなるが、極寒やヒグマといった過酷な自然を前にして人間同士で喧嘩するわけにもいかない。
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