第6話 天狗党始末①

 近代国家となるうえでは、近代軍の整備も重要になってくる。


 第二次長州征討や戊辰戦争では、旧式の武器しか持っていなかった幕府側が近代武器を使用する長州・新政府軍に完敗したわけであるが、そうした近代軍を有しておく必要はある。


 これは基本的には幕府と各藩から有為の人材を抜き出すことになるだろう。



 続いては指揮官の候補だが、これは史実で活躍した者をあてるべきだろう。


 歴史が変わっているので、実績その他が変わっているのだが、そこは仕方ない。


 現状では陸海軍それぞれ幕府から1人、諸大名から1人、皇族から1人が無難だろうか。



 皇族は専門的な人物がいないので人選もへったくれもない。空いている人材を入れるしかないだろう。


 幕府と諸大名からはそれぞれ推薦してもらうのが無難だろう。


 案をまとめたのでまずは京に来ている桂小五郎に示すことにする。



「……案自体に異論はありませんが」


 桂はそう言って、苦笑する。


「誰を選ぶかについてはかなり紛糾しそうですね」


「それは仕方ありません。妥協して船頭を2人3人と入れるわけにもまいりません」


「確かにそうですね。構成はどうしますか? そのままであれば武士が多くなることと思いますが」


「そうですね、武士が入っても構わないのですが、ただ、伝統的な戦い方に固執しすぎる者は困ります」


 これから進める四民平等の結果、武士と士族が負け組となることは確実である。


 元々武士というのは戦闘をする層であるから、そのまま軍に入るというのも一つの手ではある。実際、陸軍、海軍を問わず元武士階級の者が将官には多かった。


 ただ、「刀は武士の魂である」というような面々がいると困るのも事実だ。


 史実では戊辰戦争でそうした幻想を打ち砕いたわけだが、幸い戊辰戦争などの悲劇は回避できそうだ。それ自体は良いことだが、逆に間違った幻想を打ち砕かれることがないという問題がある。


 この部分は将官クラスに海外の戦争を見学させるなどして改善していくしかないのだろう。



「見学というと、確か幕府から派遣されている榎本武揚や赤松則良らが海外を回っているはずです」


 この2人はプロイセンとデンマークの戦争に観戦武官として参加していたし、武器会社とも交渉していたはずだ。


「なるほど。そうした者が戻ってくるとなれば、長州からも更に派遣すべきということになるのでしょうね。例えば高杉先生とか久坂先生とか……」


「そうですね。そのような形で切磋琢磨が進んでいけば良いのですが……」



 桂との面会が終わり、松平容保に会いに行こうとしたところで京に一橋慶喜がやってくるという報告が入ってきた。


 そういえば、慌ただしく動いていたので忘れていたが、天狗党がいたのだった。


 関東では大暴れして、ほうぼうを荒し、現在は美濃から加賀方面へ移動しているという話だ。


 これに対して徳川慶喜は付近の藩からの兵を借り、鎮圧したい旨を京に申し出るのだと言う。


 年が明ければ、天皇譲位に王政復古の大号令をはじめとした政治刷新を行う予定である。


 慶喜としてみると、自分のせいでそうしたスケジュールに支障をきたしてしまっては天皇に対して顔向けができない。何とか年内に片付けなければと必死なのだろう。


 私も邪魔するつもりはないから、慶喜が京にいる間、朝廷に出るのは控えておくべきだろう。


 軍事改革の案を明日は大久保一蔵に見せ、その次は松平容保の了承を得て、江戸の勝海舟達にも送ることにしよう。



 そう思いながらしばらく歩いていたが、何か引っかかる。


 うーむ。


 天狗党をこのまま放置しておくのが良いのだろうか。


 天狗党はここに来るまでの間、那珂湊を含む各所で大暴れしており、相当な被害を出した。元々水戸内部の派閥対立もあったため、暴れぶりが酷く、その巻き添えを受けた者も多かったらしい。


 それゆえ、史実では幕府側の報復も凄惨を極め、それが更に水戸国内での派閥対立に火を注いで有為の人材がことごとくいなくなり、新政府には水戸出身者がほとんどいないという事態に引き起こした。


 同じく、新政府にほとんど参加者を出さなかった加賀前田家については本多政均が大勢の留学者を派遣するなど巻き返しを図っている。


 どうにか水戸にも巻き返しの機会を与えるべきなのだろうか。


 ただ、幕府側の怒りは大きいようだし、慶喜も自分のメンツがかかっている。安易に降りることはなさそうだ……



 再度、長州の上屋敷を訪ねて、桂に相談してみることにした。


「水戸の状況は確かに気になるところでした」


 桂も気にしていたようだ。


 考えてみれば、元々は桂も尊攘派にいたし、イギリスに行く前までは水戸の尊攘派と連絡も取り合っていたような仲である。藤田小四郎や武田耕雲斎などとは面識があるかもしれない。


「とはいえ、彼らがどこまでやったのかは私には分かりませんし、通り一遍以上の助命活動はできないところですね」


「そうですね」


 結局のところそうなる。


 そもそも私は藤田小四郎も武田耕雲斎も知らない。


 知らない人間の助命を被害者達の前で出来るかというと、中々難しい。


 ただ、加賀は二度行っているし、知らない者がいないわけでもない。


「降伏後に加賀で話を聞いてみるくらいはできませんかね?」


 私が尋ねると、桂は不可解そうな様子ながらも了承はした。


「それはもちろん構いませんが、山口先生はあの辺の者達には常に狙われていたのではないですか? そこまでしなくても良いと思いますが」


「もちろんそうですが、このまま放置しておくのも何と言いますか……。故人を出すのは狡い話ですが、松陰先生なら、何かしら動かれたのではないかと思いまして」


「なるほど」


 桂も苦笑した。


「松陰先生の名前を出されてはかないませぬね」

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