第4話 京の朝廷、江戸の朝廷
戻る間に改めて整理する。
来年の年明け、王政復古の大号令をかけるまでに是が非でもやらなければならないことは、三つある。
まずは国民への布告だ。これからどういう国にするかということである。
もちろん、その終着点として憲法があることは間違いないが、憲法がない段階でも「とりあえずこういうことにする」という基本点を発表する必要がある。
史実では『五箇条の御誓文』という形で出されたものだ。
全く同じではないにしても、天皇の立場、臣民の立場、近代化、平等といったフレーズを分かりやすく理解できるようにしないといけない。
それと同時に電信制度についての協力も求める必要がある。
既に諸大名からは内諾を貰っているが、領民にも「何をなすか」ということをきちんと伝えないといけない。
日本は他国に比べるときちんとしているから、電信ケーブルを盗むといったことは少ないと思うが、対策を無しとするわけにもいかない。
警備体制などの充実も図る必要があるだろう。
最後の一つは、京と江戸をどうするか、だ。
史実では幕府が江戸城を引き渡した後、すぐに明治天皇が江戸に移ることが発表され、更に江戸という地名から東京となった。
日本地図を衛星写真で見ると、やはり関東平野が広い。首都機能を東京に移した方が良いことは間違いない。
ただ、そうなると孝明天皇(太上天皇)をどうするかという問題が出て来る。
祖先への顔向けを理由に退位までする以上、孝明天皇が東京に来ることは考えられない。ただ、京に残ると尊攘派が蜂起して奪いに来るという可能性が出て来る。
14世紀には日本に二つの王朝が並び立つ南北朝時代があった。孝明天皇から明治天皇への譲位は無効だと主張すれば良いと考える者が出て来る可能性は否定できない。
もちろん、それで孝明天皇が方針を変えることはないと思うが、江戸に行く明治天皇も、京に残る孝明天皇も護衛しなければならないと考えると中々骨が折れる話だ。
その他も色々やらなければならないことはあるが、まず重要なのはこの三点だろう。
あとは、引き続き新政府の陣容をどれだけ強化できるか、ということだ。
以上のことを考えて、約束の期日に孝明天皇のところに挨拶に向かった。
「新しい元号として慶応はいかがでしょう?」
「慶応?」
「はい。『
「ふむ……、それは中々に目出度い言葉だ。さすがに一太だけのことはある。よし、それで通すとしよう」
「あと、一つご相談したいことがございます」
「何だ、構うことはない。言ってみよ」
「ははっ」
私は一礼して、先程まで考えていた江戸に天皇が向かうべきではないかという考えを伝えた。
「うむぅ……」
さすがに孝明天皇も渋い顔をしている。
「そうか……。朝廷が大政を司ることになるが、これまで三百年近く、実際に取り行っていたのは江戸だ。太古に帰り、京から政務を行うのは難しいか」
「はい。もちろん、陛下には退位後も京に残っていただくつもりですが、その場合に様々なややこしい事態は起こりえます」
「……我々が発表しさえすれば、領民が皆納得するわけではないから、な」
孝明天皇はそう言って、しばらく唇をかんで考えている。
「……とはいえ、それは今に始まったことではない。輪王寺宮もおることであるし」
「ははっ」
言われてみれば確かにそうだ。
江戸時代は幕末期間を除いて、幕府が朝廷に対して圧倒的優位に立っていたが、それでも朝廷が敵に立つ危険性は考慮していた。その保険として、天台宗総本山である上野
私は先ほど、南北朝の再来になるとまずいと思っていたが、幕府は「いざという時には、この宮家出身者を天皇とすることで、東西朝の形にしてしまおう」としていたというわけだ。
実際、戊辰戦争中に、輪王寺宮であった
「これからは朝廷が見る以上、江戸に睦仁が行くならば、京にも誰かが副王として立っていた方が良いかもしれぬな」
「ははあ……」
言わんとすることは分かるが、それは色々ややこしい。
イギリス国王にしてもドイツ皇帝にしても1人の存在が統治している。
東に1人、西に1人となったのでは天皇をトップとする近代国家にそぐわなくなるし、ここから宮家が貴族のようにどんどん広がっていくのもまずい。
ただ、さしあたり明治天皇は年少で皇太子もいない。
北白川宮を京に移して、皇太子待遇で置いておくという形にするしかないだろうか。
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