第3話 経過期間
10月10日、中沢琴と山本八重が京にやってきた。
沖田総司も交えて、京の料亭で2人と会う。
「宮地様が、これを山口殿に渡すように言っていました」
八重がそう言って、契約書の写しらしきものを私に差し出した。
パッと広げてみて、思わず目を見張る。
「ノーベル家との契約書……」
イギリスとアメリカでの販路を拡大するという条件で、日本とギリシャに格安でノーベル家が作る爆発物を販売するという契約になっている。
ということは、あと数年もあればダイナマイトが格安で使えるようになるわけか。
これは大きいな。史実では少ない外貨を取り崩して購入していたはず。安値で買えるのなら一気に鉄道工事を進めることができる。
おまけにインド財閥のタタ家とも関係をとりもったというのだから、燐のオリンピック構想も具体的な段階へと移ってきたのだろうな。
「……世界の体操教育普及のために、武家の女子を中心にスウェーデンで教育することも考えている」
なるほど……
その第一弾として想定しているのが千葉佐那ということか。
もちろん、こうした方面には女子だけでなく男子も連れていけるだろうから、日本から外に出る人が増えることになって国際化も進むだろう。
「これも一つの理由として、私達は佐那を迎えに来たと言うわけだ」
「燐のところに?」
「そう。彼女が承諾すれば、イギリスまで連れていくつもりだ」
「それは良いことです」
千葉佐那の扱いが難しいところは、坂本龍馬の許婚ということだが、その龍馬は既にお龍と会っていて完全になかったことにしたいムードだ。
燐と佐那の関係を考えれば、断ることはないと思うが、問題は千葉家の方だろうか。
千葉家が納得するような何かを、どこかが出せれば良いのだが。
というより、そもそも燐はどういう立場なのだろうか?
確かペリーが黒船でやってくる前に、土佐藩主山内容堂の指示で江戸に行っていたはずだ。
その後、アメリカやイギリスに行ったのは脱藩扱いになるのだろう。
で、その後、恐らく日本を出入りしているが、土佐藩の脱藩が解けたということはないだろうな。
しかし、そもそも土佐は正式に燐を脱藩者扱いしているのだろうか? 龍馬も親戚だというが燐が脱藩扱いになったという話は聞いたことがない。
どうなっているのか、一度土佐の者に聞いた方が良さそうだ。
ということで、中沢琴と山本八重には二日ほど京に滞在してもらうことにした。
2人も京見物がしたいようで、これはあっさりと承諾してくれた。
私はまず、薩摩の屋敷に向かった。大久保一蔵に会うためである。
「大久保どん、誰か土佐の知り合いはいないかな?」
「土佐の? それはいくらでもいるが……」
大久保はけげんな顔をしている。
「いや、私のことではないのだ。宮地燐介が土佐でどのような扱いになっているのか知りたいだけだ」
「宮地燐介? 分かった。それなら乾に聞いてみよう」
乾というのは乾退助のことか。
後の板垣退助だな。
大久保は乾を呼び出して聞いたものの、当然、乾も10年前の処置が分かるはずもない。
国に戻る者に問いただすという形になった。
「しかし、あと3ヶ月もすれば王政復古の号令がなされるように手配しているのは山口どんではないか。宮地燐介もその時に許されるのでは?」
「いや、その辺りの扱いは難しいところだ」
確かに朝廷に権限が返るが、何もかも朝廷主導になるわけではない。
燐介程度の罪状なら取り消しにしても良いのだろうが、中には重大犯として国から指名手配されている者もいるはずだ。そうした者まで無造作に許すことはままならない。
そのあたりの引継ぎをきちんとできるようになるまでは、さしあたり現状の各藩が行った処置を有効としなければならない。
「あぁ、そうか」
その時、はたと閃くことがあった。
これは朝廷に関しても同じだろう。
現状、朝廷の行為に関して何もないわけであるから、当面は今までの慣習などに従うしかない。だから孝明天皇は譲位をして太上天皇となる。
その後、憲法の制定とともに扱いは変わる。皇室典範として法で規律することになる。
その時にまだ孝明天皇が生きていれば、この時にまた扱いが変わるだろう。
この時をもって一世一元とすれば良いのではないか。
つまり、憲法公布までは慶応とし、その公布あるいは制定をもって明治とし、一世一元とすれば何とか言い訳ができるだろう。
よし、この路線で孝明天皇に改元を提案しようと思ったが、そこでまた難問にぶちあたる。
日本の元号は、主として古文から来ている。
慶応とか明治は一体どこから来ているのか?
正直そこまでは知らないが、まさか無根拠のまま言い出すわけにもいかないし。
どういう形で聞きだせば良いだろうか。
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