第2話 一太、改元を任され思い悩む
中沢琴と山本八重が戻るのを待つ間、孝明天皇に呼ばれて御所へと向かった。
「年が変われば、日ノ本は一気に変わる。これを契機に改元をしたらどうかという動きがある」
「しかし、改元してまだ日も浅いですが……」
現在の元号である「元治」はこの年から使われたものである。
それを次の年と同時に変えるのもせわしないのではないか、と思う。
ただ、完全に新しいことを始めるから、元号を変えるというのも一つの考え方だろう。
明治以降は、1人の天皇が終始一つの元号しか使えていない。だから元号には重みがあるが、この時代はそういう感覚がない。火山が噴火したから、飢饉が発生したから、等々ちょっとした理由で改元がなされている。
だから、改元については問題ないかと思い出したが、そこで済まなかった。
「いや、ここまで進んだ以上、朕は睦仁に譲位しようと思っている」
「譲位!?」
「そうだ。前から申しているが、現状、日ノ本はこう進むしかないというのは理解している。ただ、朕にも祖先に会わせる顔というものがある。これ以上進めることには、抵抗があるのだ」
「……それは無理からぬところだろうと思います」
史実の孝明天皇が死ぬのは3年後だ。
ただ、既に時代は本来の3年後より遥か先に向かおうとしている。
孝明天皇の中に抵抗感があること自体はやむを得ないのだろう。
「新しい時代を新しい帝の下で迎えるべきだろう」
とまで、言われると反対のしようがない。
もちろん、太上天皇としてしばらく影響力を保持するのだろうし、新天皇もまだ若いから大きな変化はないだろう。
「陛下の意思が固いのであれば、私ごときが口を挟む問題ではないかと思います」
「うむ、この点に関しては朕の決意は固いのだが、次の元号はそなたに決めてもらいたいと思っている」
「えっ、私がですか?」
これは驚いた。
元号を誰が決めているのか、というのはその時々によって違うようだ。
現代の令和とかその前の平成に関しては元号に関する懇談会が開かれて、時の政府と有識者が決めている。この時代は幕府が主導したものもあるようだし、天皇がある程度決めたものもあるようだ。
ただ、天皇でも将軍でもない人間に丸投げして決めさせる、ということはないはずだ。
さすがに責任重大過ぎる。これは拒否しようと思ったが。
「山口、朕に口答えするのか?」
「むむっ……」
こう言われると厳しい。
例えば日本の未来に関することであれば、「それは違います」と言うこともできようが、譲位や元号については朝廷が決めることである。それについて私が反抗するのはまずいだろう。
「……承知しました」
「うむ。できれば五日程度で考えてもらいたい。決めた案については、朕が推挙するという形をとり、山口が考えたものとは分からぬようにするゆえ、安心するがよい」
「ははっ、ありがたき幸せにございます」
そう言って、頭を下げてきたが、やはり困ったことなのは間違いない。
一番困るのは、史実と矛盾する事態になってしまうということだ。
史実では、元治の次に来る元号は「慶応」である。福沢諭吉が創始した大学が慶応義塾大学と呼ばれるのは慶応年間にスタートしたから、だ。
だが、ここで問題なのは「慶応」は孝明天皇時代の元号である、ということだ。
明治天皇の時代はスタートから「明治」である。
そして、この明治天皇から「一世一元の制」となる。つまり、1人の天皇は1つの元号のみを使うということだ。
新天皇が即位したのにここで慶応にして、更に明治に変えるとなると「一世一元の制」を無視することになる。もちろん一旦慶応にして、明治にした後に「もう変えない」と言い出すことも可能であるが、その根拠が存在しない。
じゃあ、慶応をすっ飛ばして明治に飛ばせば良いかとなると、それも色々違和感がある。
慶応義塾が明治義塾になってしまうわけだし。
明治を無視して、終始慶応で通すというのももちろん抵抗がある。
史実とは違う状況になっているのだし、気にする必要はないのかもしれない。
しかし、やはり収まりが悪い。
何か良い方法はないだろうか。
中沢琴や山本八重は話をして妙案を思いつくことがあるだろうか……
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