36章・一太の近代化構想

第1話 一太、近代化の形を整え質の整備を目指す

 元治元年10月1日。


 いわゆる徳川御三家、尾張藩主徳川慶勝、紀州藩主徳川茂承、水戸藩主徳川慶篤が上洛し、孝明天皇の御前にして大政奉還の旨を宣言した。


 孝明天皇は「徳川家が諦めるにはまだ早いのではないか」と二度、固辞したが、御三家からは「いいえ、国運は既に徳川の手を離れております。今は在りし日のごとく朝廷が司り、新しい日ノ本を運営する時でございます」とその度に答える。


 まあ、ある種の様式美というやつだ。話は既についていて、ただ、形式的にやりとりをしているというわけだ。


「……そこまで言うのであれば」


 と、孝明天皇がこれを受け取る。


 それを元に岩倉具視や三条実美らが「王政復古の大号令」を打ち立てることになるが、これは年を明けて行われることになった。


 ありていに言うと、この10月から大晦日までの3か月で、次の日本の形を一気に決めることになる。


 当たり前だが大政奉還と王政復古の大号令、言葉だけでは何も変わらない。中身が近代化を伴うものでなければならない。


 朝廷、幕府、毛利、島津といった面々はもちろん合意しているが、当然、そこにはとてつもない利害衝突が生じることになるだろう。


 大混乱が予想される3か月というわけだ。



 それに先駆けて、西郷隆盛のビルマ行きが決定されることになった。


 中国がハチャメチャな状態にある以上、アジアの近代化は東南アジアから進めていくことになる。タイと現在はビルマも頑張っている。


 ビルマは半分くらい英国の支配下であるため、直接イギリスまで行かずとも、ビルマで情報共有や人材交流を図れる見込みがある。西郷にはその礎として頑張ってもらいたいものだし、ビルマの近代化を阻む動きに対して、優れた軍事能力を見せてほしいところだ。


 10月3日、西郷が最後の別れを告げにやってきた。


 と、言っても、この時点で何か言えることも少ない。


「何かあったら、燐介の名前を出すと良い。彼の名前を出せば、悪いことにはならない」


「分かり申した」


 このくらいのやりとりだ。


 中村半次郎や村田新八と言った、後の西南戦争を起こす面々も連れていってくれたのも、史実を知るこちらからすると有難いところだ。



 西郷を見送ると、改めて新政府の政策などを考えることになる。


 何と言っても、問題となるのは士族の扱いだ。


 史実ではこれに失敗して、西南戦争を引き起こすことになった。西郷隆盛はビルマに旅立つが、だからといってこの問題を放置して良いわけではない。


 長い視点で見れば、オリンピックに参加させる、ビルマに参加させるといったものがある。


 短期的には公共事業ということになるだろう。


 戦国時代が終結した後、徳川家は各地の城郭改修を行わせた。これは豊臣家の財産を削る名目という説もあったが、近年では浪人の失業対策としてそういうことがなされていたということが言われている。


 同じ理屈で、当座については士族に仕事を与えて様子を見ることにしたい。


 電信の整備工事などがそうしたものだ。その後も鉄道工事などの近代化に向けた工事は続く。


 効率が多少悪くなるにしても、士族を優先的にあてていき、不平不満を抑える方面に行くしかない。



 基本路線が決まった頃に、長崎に中沢琴と山本八重が戻ってきたという連絡が入ってきた。


 2人は燐と共に行動している、日本でもっとも近代を知る女性だ。当然、すぐに京に来てもらい、何を得て来たのか聞きたいところだ。


 電信があれば、そうしたことは1日もあれば伝わるが、まだ電信線がないので長崎に人を派遣して、それを受けて彼女達が大坂を経て京に来ることになる。要は15日ほどかかるということだ。



 彼女達が京に来るまでの間も毎日のように江藤新平を筆頭に佐賀からやってきた者達とこれからの日本の話をすることになる。


 国政の基本的な路線は決まっている。


 まず、行政のトップに天皇を置き、この代理として内閣を構成する。このあたりはイギリスと似たようなところだろう。


 一方で、立法権としての議会を置き、ここには旧大名や高家を中心とした華族院と、一般市民から選抜される衆議院を置くことにする。


 ただし、いきなりこれを実現することは不可能なので10年の移行期間を置くことにし、当面は華族院のみの運営とする。


 一番難しいのは司法権だ。現在は諸藩がそれぞれを指揮している。


 統一法がない状況で、いきなり諸藩の制度を撤廃するのは難しい。従ってこちらも10年の移行期間を設定して、当面は諸藩の裁判権をそのままに、ただし、一部の事件については特別裁判所を設置し、審議することにする。当面は幕府奉行などを教育して育てていくしかないだろう。



 基本法については江藤新平とそのスタッフがものすごい勢いで編訳しているのであるが、彼らだけが法解釈ができる状況というのも望ましくない。


 イギリスやフランスにどれだけ多くの者を派遣できるか、理解を深められるかというところによるだろう。

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