第11話 燐介、回答を示しアメリカへ向かう
サウサンプトンに3日滞在して、農作業を手伝うなどしてからロンドンに戻ってきた。
デ・ロサスは亡命して素寒貧になったとはいえ、アルゼンチンに支援者が全くいないわけではないようで、何人か紹介してもらった。
ついでにガリバルディからはブラジルとウルグアイの知り合いを何人か紹介してもらったが。
当然だが、デ・ロサスは政治家としては独裁者なんて言われるくらいだし、強権主義者だ。だから支援者もそうした面々が多い。
一方のガリバルディは自由主義者だから、彼が紹介してくれた面々は自由主義者ばかりだ。
俺が南米に行く場合、アルゼンチンでは強権主義者のところに行き、ブラジルやウルグアイでは自由主義者を訪ねることになる。
これでいいのか?
「まあ、南米で近々起きる課題はパラグアイが震源となるだろう。パラグアイ問題では両国の立場は似たようなものだから、気にしなくて良いだろう」
南米の中央にあるパラグアイは、ここ10年でかなりの近代化に成功したらしい。
そこまでは良いのだが、それで大きな顔をしているため、ブラジルもアルゼンチンが良く思っていないということだ。
加えて、初代大統領カルロス・アントニオ・ペレスが2年前に病死し、その息子であるフランシスコ・ソラーノ・ロペスが後を継いだ。
息子としては「俺は父親の七光りではない」と証明したいから、何らかの成果をあげたい。
ということで、依然として不安定なウルグアイ情勢に口出ししようとしていて、ブラジルとアルゼンチンの両国から睨まれているという。
ともあれ、南米に行くきっかけをつかむことはできた。
ロンドンに戻った頃には、ギリシャの自由主義者は帰国したようで、ようやくエドワードやパーマストンと話をすることができた。
そこで早速ダイナマイトを売り込むことにする。
「ふむ……。安全性に優れた爆薬はこれから大いに需要がある。そういうものがあるのなら、是非紹介してほしいね」
と、パーマストンからは御墨付を受けたし、エドワードも知る範囲では協力してくれることになった。
あっという間に終わる話に1か月以上かけてしまったのは痛恨だったが、まあ、南米に行くきっかけを得ることができたから、良かったと考えよう。
イギリスでの契約をこしらえたので、次はアメリカに行くことになるが。
その前に山本八重にもダイナマイトの契約に関する話を伝えてもらうことにしよう。ノーベル一家との契約書は持っているから、これを写して日本に持っていってもらう。
そうすると、史実以上に工事が進むことになるから建設作業の仕事が増えて、士族の仕事も増えるんじゃないかな。やる気になれば、という前提がつくが。
ただ、八重に頼む場合には例の回答もしなければいけない。佐那をどうするかというものだ。
琴さんと八重とアポイントを取って、向かう間に色々考えてみる。
と言ってもまあ、実のところあまり考えることもないんだけど……
前回と同じく、オペラハウスの応接間で2人と会った。
まずは手紙を持っていってもらう。
「竹子の手紙と一緒に、これを持っていってもらって、山口に渡してほしい」
ノーベルとのやりとりやタタ財閥とのくだりについて書いた手紙を渡した。
「で、ついでに佐那に会ってもらって伝えてもらいたい」
「はい」
「俺は10年前に、12年後にまだ1人なら迎えに行くと言った。その気持ちは今も変わっていない。というのも、俺は当時とは違う理由で世界を駆け巡らないといけないからだ。アメリカに行って、南米に行って、それからヨーロッパに戻ってインドに行って、日本に行くとなると多分2年かかる」
「つまり、2年後なら間違いないと言いたいのかい?」
琴さんは不満そうだ。
「ただ、来てくれるというのなら別だ。ヨーロッパまで来てくれれば、そこで結婚しようと思う。俺はそもそも日本に長居することは多分ないと思うし、引き続き世界を回ることになる。何なら2人で世界一周をしても良いんじゃないかな、とは思っている」
「……ふむ。まあ、確かに君は今までずっと旅行していたし、それはこれからも変わりがないんだろうね。ずっと旅行している以上、江戸やロンドンでなく、船上と立ち寄った街で過ごすということか」
琴さんは腕組みして考えているが、それ以上はないと思ったらしい。
「……それでダメかな?」
「ダメかどうかなんて、言えるわけがないよ。決めるのは私達ではなく佐那なのだから。ただ、燐介の考えは理解した。それを佐那に伝えて、今すぐ行くのか、2年待つのか、あるいはもう待たないのか決めてもらうとしよう。そのうえで、すぐに行くというのならロンドンまでは連れてくるとする。もし、違約した場合は……」
「いや、その場合、俺が殺されかねないから! 佐那がどんだけ怖いか分かってるの?」
「……まあ、そうかもしれないね。それにしても……」
琴さんはそこで首を傾げた。
「何故、10年前の君は、12年後という極めて不可解な年数を提示したのだろう?」
「それは、その……干支が一巡するじゃん」
まさか許婚の龍馬がその頃には結婚しているから、とも言えないので、滅茶苦茶適当な理由を示す。
「……」
疑わし気な視線を向けられていたが、琴さんはそれ以上言わなかった。
「じゃ、八重だけではなく私も一緒に戻るとしよう」
「えっ、琴さんも日本に戻るの?」
「そうだよ?」
「イギリスで人気があるじゃん」
「そうだけど、私も日本がどうなっているか見たいしね。それに八重ちゃんだけでは佐那も不安だろう」
確かにそうか。
八重の言い分を疑うことはないだろうが、琴さんがいた方が安心することは間違いないし、ヨーロッパに行きやすいだろう。
行きやすいと安心はできない。ひょっとしたら、「もう日本の外には出ません」となる可能性もあるわけだし。
果たしてどういう答えを出されるのか。
自分勝手な考えを提示しておいて何だが、不安にはなる。
2日後の船で、琴さんと八重は東へと向かった。
そして、その翌日の船で俺は西へ向かうことになる。
久しぶりのアメリカだ。
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