第9話 燐介、アルゼンチンの元独裁者に会う①

 翌日の朝。


 俺は宿舎のホテルで目を覚ました。


 ダウニング街に行きたいところだが、ギリシャの自由主義者がうろついているらしいからな。とてもではないが、ダイナマイト販売の話はできないだろう。


 色々考えているうち、ホテルマンがやってきた。


「ミスター・リンスケ、迎えが来ておりますが?」


「迎え?」


 今日は何の予定もないし、迎えなど来ないはずだが、一体何だ?


 受付に行ってみると。



「おー、リンスケ。迎えに来たぞ」


 何故かガリバルディのおっさんが手をあげていた。


 この日は青シャツを着ているせいか、誰も彼がガリバルディだと気づかないようだ。色の認識力って凄いんだな。


 いや、それよりも。


「おはよう。迎えに来たって何の話?」


「これからわしはサウサンプトンに行く。おまえも来ると良い」


「……理由が分からないんだけど?」


「おまえは南米に興味を持っていただろう? アルゼンチンの元独裁者に会わせてやるぞ」


「アルゼンチンの元独裁者!?」


 そんなのがサウサンプトンにいるのか?


 あ、でも、パリにはメキシコの元要人が沢山いるらしいし、この時代は負けた連中がこぞってヨーロッパにやってきていたのかな。



「そうだ。今のアルゼンチンはわしの知り合いでもあるバルトロメ・ミトレが大統領としてリベラルに運営されておる。アルベルディも活躍しているし、非常に良いことだ。だが、10年ほど前までは独裁者であるデ・ロサスが自由主義者を弾圧しておった」


「そうなんだ……」


 ガリバルディは筋金入りの自由主義者だから、多少バイアスが入っていそうだけど、基本的にガリバルディの嫌うような奴、つまり世間から嫌われるタイプの者がアルゼンチンを支配していて、そいつが負けてイギリスに亡命してきたわけだな。


 そいつと会って、何をするんだろうか?


 落ち目になった元独裁者に復讐でも果たしに行くんだろうか?


「もちろん、昔話をしに行くのだ!」


「む、昔話?」


「そうだ、わしらが殺伐と戦っていた時代の話をしに行くのだ」


「な、何の意味があるの?」


「意味などない。わしらはそれこそ命がけで戦った。アルゼンチンの戦いには参加していなかったが」


「それなら、関係ない他人だよね?」


「細かいことを言うな。あの時、独裁者が何を考えていたのか。気になるではないか」


「俺は気にならないんだけど……」


 というか、このままだとガリバルディのおっさんとデ・ロサスとかいう元独裁者の自慢話をダブルで聞かされるという苦行が待っているようにしか見えない。



「男が細かいことにうじうじとこだわるのではない! おまえも南米に行きたいのだろう!? アルゼンチンがどういう国か知り、わしからブラジルのことを聞けば、おまえは南米では敵なしだ!」


 ま、まあ、アルゼンチンとブラジルは南米で一番、二番の国ってイメージがある。


 スポーツ界においても、ブラジルサッカーは特別な存在だし、バレーボールも強い。ブラジリアン柔術も知られていて、格闘も強いイメージだ。


 アルゼンチンもサッカーはマラドーナとかメッシがいたし、バスケットも結構強い。最近ではラグビーも強くなっているという。


 だからといって敵なしになるかというと、全くそんな気はしないが。


「分かったよ、行くよ……」


 エドワードから一ヶ月は出禁だと言われてしまったから、サウサンプトンに往復するくらいでちょうど良いのかもしれない。


 俺は不承不承従うことにした。


 何となく納得がいかないが……



 行くと決まると、いきなりブラジルでの昔話が始まった。


「我が妻アニータは、それはそれは情熱的な女だった」


 ラテン系の定番・自分の知っている情熱的な女の自慢が始まった。何かこの辺りの国々の人は美人より情熱的な女自慢が好きな感じなんだよなぁ。


 ガリバルディの妻アニータはブラジル出身の中々強気な女だったらしく、駆け落ち同然でガリバルディについてきたうえ、戦場で銃を持ってバンバン撃ちまくる怖い女だったようだ。


「だが、わしがイタリアで苦戦している際に、アニータは熱病にかかり、そのまま死んでしまった。あれだけの良い女はいなかった……」


 当時のことを思い出しているのだろう、ガリバルディは涙している。


 確かに感傷的になる話だが、これを聞いたからブラジルに行って何か良いことがあるのだろうか。ガリバルディの知り合いに歓迎されるかもしれないが、それ以上の良いことは多分ないよな。


 あと、仮にブラジルでそんな情熱的な女に捕まったら、佐那と琴さんにぶっ殺されそうな気がするから、逃げられるようにしないといけないなぁ。

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