第8話 燐介、ガリバルディと会う②

 エリスによると、ガリバルディとの付き合いができたのは、11年前らしい。


 俺達が吉田松陰や沖田総司らと共に来る少し前のことだ。


「彼はフランスや南米で大活躍していて有名だったけれど、イギリスは初めてだったからそれなりの案内人が必要だということで、ね。何故か私が選ばれたわけだけれど」


「まるで二十年来の同志であったかのように気が合ってしまったわけだ、ワッハッハ!」


 ガリバルディは豪快に笑う。


 片やヨーロッパや南米で自由を求めた男、片やフットボールに自由を見出しラグビーを作った男と、自由を愛することには変わらないから、だろうか。



「で、彼が……」


 エリスはガリバルディに俺を紹介しようとしたが。


「リンスケ・ミヤジだろう。オーストリア政府とも知り合い、ギリシャでは国王についていて、自由主義者の敵として知られている男だ!」


「えっ、マジ!?」


 俺、ひょっとして結構嫌われているの?


「ギリシャの連中はそう言っておった。王制があるうえに、オリンピックなるものでギリシャ国民を惑わそうとしているとんでもない男だ、とな」


 やばい、思い切り敵認定されていそう。


「だが、あのリンカーンの友人だとも言うではないか。しかもアメリカで虐げられている黒人を連れてフットボールチームを作って欧州を宣伝していたことも気に入った。わしは個人的にはオリンピックなるものの再興には反対はせんぞ」


「リンカーンとも知り合いなの?」


「おうとも。国務長官のスワードから『北軍を指揮してくれないか?』と頼まれて会ったことがある。わしは『黒人奴隷を全解放するなら考える』と答えたが、当時のリンカーンはそこまでは踏み込めなかったようだのう」


 アメリカ合衆国がガリバルディに北軍司令官をオファーしていたとは知らなかった。


 ガリバルディは本当に世界中で評価されていたんだな。



 ガリバルディとエリスはお互いビールなどを飲みかわしながら話をしている。


 最初はクリケットの話……というか、エリスが好んでする話はクリケット以外ない……だったが、次第に政治的な話へとなっていった。


「ヨーロッパには自由を阻む三人の大悪がある。リンスケよ、分かるか?」


「三人の大悪……何だろう?」


「まずはローマ教皇だ。あの反動的かつ科学を認めようとせん姿勢は完全に終わっておる。新しいイタリアからは、何としても排除しなければならない」


 いきなり過激なことを言いだした。


 でもまあ、現在、イタリアはカトリックだけどヴァチカンは別の国にはなっている。このあたりはガリバルディの希望通りだったのだろうか。


「次にロシアだ! あの国は今や専制政治の総本山であり、自由ともっともかけ離れた場所だ。もちろんトルコもそうだが、奴らの影響力は年々弱体化している」


 確かにロシアはそうかもなぁ。


 21世紀になっても自由主義の敵のまんまだし。


「だが、それをも上回る敵がいる。自由主義の反対を行く国家主義を目指す国だ」


「プロイセン?」


「その通りだ! あの国は今、デンマークを叩いているが、近い将来、ドイツを統一すべくオーストリアやフランスとも戦うに違いない。統一ドイツはオーストリアやフランス以上に邪悪な国となるだろう!」


「そ、そうなんだ……」


 まあ、確かにドイツ帝国は鉄血主義の強硬な国になりそうだ。


 第一次世界大戦も第二次世界大戦も基本的にはイギリス対ドイツの図式に周辺が加わったわけだし。


「わしの生涯において最後の相手はプロイセンとなるだろう」


「そこまで考えているのかい?」


 エリスは何だか呑気な様子で尋ねている。


「うむ。プロイセンがオーストリアを叩くことで、ロシアが東欧に出て来る。そうなると東欧の自由は更に制約を受けることになるだろう。更にフランスも叩けば、大陸ヨーロッパの自由主義は大きく後退する」


「なるほど……」


 確かに東欧地域は地中海にいるイギリス、ハンガリー付近まで影響力をもっているオーストリアがいるが、オーストリアがいなくなると黒海の方はロシアが出て来るだろうなぁ。ギリシャだってロシアの影響力を否定できないわけだし。


 で、史実ではガリバルディの言う通りになってしまった。この世界ではどうなるだろう。ロシア皇帝が変わるし、ギリシャも多少は変わりそうだから何とかなるかなぁ。



「心残りは南米だ」


「南米?」


「わしももう50を過ぎた。これからプロイセンと戦えば、もう南米のために戦うことはできない」


 いや、そこまで戦わなくても良いんじゃないか。


 そう言いたくなるのは、俺が平和な現代日本から来たからだろうか。


「南米には無限のポテンシャルがあるが、まだまだ導く者が足りない。あのポテンシャルが良い方向に行くのか、悪い方向に行くのか、それが心配だ。特にブラジルのような帝国主義の国がある以上は」


 そうか、この時代のブラジルはポルトガル王家が帝国として君臨していたんだった。


「大丈夫だよ。南米は南米らしくやっていくさ」


 エリスが慰めになるのかならないのか分からないようなことを言っている。


 確かに南米は南米らしいとは言えるのだが、現代を見るとイマイチ成功した感じもない。


 これからアメリカ大陸にダイナマイトを勧めに行きたいところだし、ついでに南米にも行ってみようか。



 ガリバルディが吠え、エリスが宥める酒の席は延々と続いた。


 仮にこの場にマルクスとかアフガーニーがいたら面白かったかもしれないが、うるさすぎて店から追い出されたかもしれない。

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