第7話 燐介、ガリバルディと会う①

 翌日、俺はバッキンガム宮殿にエドワードを訪ねた。


 エドワードはすぐに走ってやってきた。


「……どうしたんだ?」


 血相変えて走ってきたが、こいつが俺にこういう態度をとるのは珍しい。


「お、おまえ、世界中歩き回っていてロンドンになんか全くいないくせに、何というタイミングでやってくるんだ……」


「えっ、どういうこと?」


 何か俺がロンドンにいることが望ましくないという雰囲気だ。


「今日はダメだ。一ヶ月後にまた来い」


「一ヶ月? いや、ちょっと待て。悪い話ではないんだから」


 できればイギリスで早めに商談をまとめて、ギリシャに戻ってゲオルギオスに話をしたいのだが。


「まあいいよ。だったら首相と会ってくる」


「やばい! 首相はもっとやばい!」


 エドワードは慌てまくっている。


「あいつが来ているんだよ!」


「あいつ……?」


「おまえ、新聞くらい読めよ」


 エドワードは呆れたように言い、従者に目配せした。すぐに新聞を一部持ってきて、それを見せる。



 この時代の新聞には写真も使われ始めているが、まだ絵であることも多い。


 その新聞に描かれた絵には、1人の赤シャツを着た男がロンドン市民から歓迎されている様子が映る。


「何々、『英雄ガリバルディ、ロンドンにやってくる。市民は熱狂的に歓呼』……」


 ガリバルディって聞いたことはあるけど、誰だっけ?


 あ、そうだ。確かイタリア統一戦争に貢献した男だ。


 俺がヨーロッパに来たばかりの頃、カミッロ・カヴールと会ったが、彼と一緒にイタリア統一に貢献した存在じゃなかったかな。


 今はロンドンにいるわけか。


「こいつがいることが何かまずいのか?」


 エドワードはまたしても「そんなことも知らんのか」というような顔をする。


「……こいつは筋金入りの自由主義者だ。イタリアが半島を完全に統一したならば、ローマ教皇をなくしてしまえ、くらいの考えをもっている」


「なるほど。それは凄いな」


「ヨーロッパでは『やりすぎだ』ということで警戒されるが、ここイギリスとかアメリカではガリバルディの行動は歓迎されるとともに、同志がやってきている。ハンガリー、クロアチア、ギリシャといったあたりからだ」


 なるほど。


 ギリシャを含めて東欧の多くは王制だ。ただ、全員が全員そういうわけではなく自由主義者もいる。


 彼らがガリバルディに支援を求めて、国際的な自由主義革命を起こそうとしているわけか。


 ガリバルディには国際的な戦闘実績もあるからマルクスも合流すれば良さそうな話だが、マルクスの場合は共産主義革命で自由主義はちょっと違うから一緒にはならないのかな。



「ギリシャの自由主義者にとって、おまえは国王に尻尾を振る敵だ。顔合わせしたら大変なことになる」


「いやいや、ちょっと待てよ」


 そもそも、俺をギリシャ首相にと推薦したのはイギリスだろうが。


 それでイギリス首相に会いに行ったら、「おまえと自由主義者が会うとまずい」はないだろう。


 そんな二面、三面外交しているから、20世紀以降、「現代ある国際問題は全部イギリスのせい」なんて言われることになるんだよ。


「とにかく、会うとまずいんだよ。奴らはあと半月程度滞在してカプレーラ島で密談するらしいから一ヶ月ほど大人しくしてくれ」


「分かったよ……」


 さすがにギリシャ政体を巡って喧嘩したくはないし、しばらく大人しくすることにしよう。


 というか、俺の到着はニュースになっていないだろうな?


 大丈夫か。別におおっぴらに入国したわけじゃないし、帰国してからも琴さんと会ったり、アブデュルハミトに会ったりしただけだから。



 ということで、宮殿を出てロンドンをふらつき歩いていた。


「おや、君はリンスケ・ミヤジ君じゃないか」


 と、突然声をかけられた。


「あれ? 貴方はウェブ・エリス牧師!」


 そこにいたのはラグビー創始者にして、現代はロンドンの東エセックスで牧師をしているウェブ・エリスだった。


「ロンドンに来ていたんですか?」


「えぇ、古い知り合いと久しぶりに会うので、ね」


「へぇ……」


「せっかくだから会ってみるかね? 彼は面白いからリンスケも気に入ると思うよ。それに美味しいレストランだし、ね」


「OK」


 エドワードとも首相ともしばらく会えなさそうだ。マルクスといるのも飽きたので、今回はエリスにくっついて旅をするのも悪くないだろう。


 ということで、夕方になるまで一緒に行動するが、エリスは美術館とか博物館とかそういうところしかいかない。そして話す話題はというとクリケットのことばかりで、自分が作り上げたラグビーには見向きもしない。



 そんなこんなで夕方になり、レストランへと足を運ぶ。


 エリスの言う通り、中々雰囲気の良い店だ。


 しばらく待っていると、「遅れたな!」と随分訛りのある英語が聞こえてきた。入り口の方を見ると、赤シャツ姿の精悍なおっさんが陽気に手をあげている。


 あれ、赤シャツ……?


「紹介するよ。彼はジュゼッペ・ガリバルディといって、南米やイタリアではちょっとした有名人だ」


 いや、ちょっとした有名人、なんてレベルじゃないだろ!




※エリスとガリバルディが知り合いというのは完全なフィクションです。ただ、ガリバルディが1864年にロンドンで東欧の自由主義者達と会談していたのは本当です。

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