第5話 燐介、琴と体育論をする
ストックホルムを後にし、船でロンドンへと戻ってきた。
琴さんと八重は、イギリスの伝統ある劇団であるロイヤル・オペラ・ハウス・オーケストラに入って俳優として活躍している。
特に琴さんは売れっ子だから、中々会うのも大変だという話らしい。
それでも幸いなことに、俺が久しぶりに話をしたいと頼んだら、会ってくれることになった。
ロイヤル・オペラ・ハウスの待合室で2人と合流し、紅茶を飲みながら話をすることになった。
「まず、日本のことなんだが」
と、話を切り出すと2人とも身を乗り出してきた。
元々山本八重は会津の生まれ、中沢琴も新徴組に参加していて幕府側の人間である。今となってはとても信じられないが、そもそもは俺がヘルプを求めて幕府たっての願いでやってきたわけだ。故郷の動向は気になるに違いない。
「話し出すと長くなるけれど、基本的には大政を帝に戻して、将来的には将軍や大名のいる華族院と民衆からなる衆議院からなる国会組織を形成することになりそうだ」
2人ともびっくりしている。
「ということは日本がイギリスのようになるのかい!?」
「目指すところとしてはそうなるのかなぁ。もちろん、これからどう動くかはまだまだ不透明なんだけど」
「やはりエドワード殿下が日本まで行ったのは大きかったんだね」
「そうなるだろうな」
2人とも日本が海外とも戦争することなく、また、国内でも大きな内乱を起こすことがないということには安心したようだ。
次に俺の事情を説明する。
「一方、俺の話なんだけど……」
インドでタタ家、スウェーデンでノーベル家といった面々と提携して、事業を拡げてオリンピックに向けての資金をする一方、スポーツ教育を普及させたい旨を話す。
「スポーツ教育というのは、ヨーロッパよりもむしろ日本の方が進んでいると思うんだ。これは琴さんも八重もよく分かるだろ?」
「確かに、私は長刀が得意だし、八重は砲術に精通しているね。こちらの女性はそうしたことを学ぶケースが少ないようだ」
「そうだろ? だから、2人にそうしたことを教えてもらえればと思っている」
俺の提案に対して、琴さんは芳しくない反応を示す。
「うーん、そうしたことをすること自体は構わないのだが、今の話を聞いていると、まだ生徒がいるわけでもないようだ。その状況で劇団をやめてまで燐介の話に乗ることはできないかな」
「確かにそうだ。ただ、いずれそうしたことを頼むかもしれないということは覚えておいてほしい」
「それは構わないよ」
「あと、もう一つ頼みがあって」
「何だい?」
「できれば1870年までにオリンピックを開催したい。6年後だ」
「ほほう、大きく出たね」
琴さんが不敵に笑った。
「その際に、琴さんと八重には選手としても出てもらいたいんだ」
「ほう? 選手?」
史実では第1回のアテネ・オリンピックには女性選手は出場しておらず、第2回のパリ開催の時から参加するようになった。
ギリシャでは「古代オリンピックは男しか参加していないし」という意見も強いだろうが、どうせ2回目から参加しているのなら、1回目から参加した方がイメージも良いだろう。
とはいえ、女子選手を探すのは中々大変で、ある程度の数はあらかじめ確保しておきたい。この2人は当然その候補者ということになる。
長刀はさすがに種目には入れられないが、フェンシングや射撃は第1回から行われた競技だ。琴さんと八重の得意種目といっていいだろう。
「……別に構わないよ。ただ」
琴さんが「ふう」と息を吐いた。
「このことについて佐那に話をしたのかい?」
「するつもりではいるけど、今は日本にいるから……」
更に重く「ふう」と息を吐かれた。
「彼女は私と同い年なんだよ。つまり、もう27だ。私は婚姻しようというつもりがないから、別に構わない。しかし、燐介、君はいつまで佐那を待たせる気なんだ?」
「い、いや、待たせるって言われても、佐那の場合は坂本龍馬という許婚がいるわけで、しかも龍馬は俺の親戚であるわけだから」
「確かに坂本龍馬という男は良くない。しかし、燐介、君も良くない。するならする、しないのならしない、とはっきり言うべきではないのか? 私に選手にならないか、と話をもってくるのなら、まず佐那にすべきではないのか?」
「め、面目ないです……」
「だから私はこう条件をつけよう。1年以内にはっきりしたまえ。佐那を諦め別の者に嫁に行かせるのなら、私が選手になることも良しとしよう。しかし、そうでないなら、彼女にこの話をすべきだ」
「え、えぇぇぇ……」
1年!?
何か随分厳しい期限なんですけど!?
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