第3話 燐介、スポーツ専門家と会う

 ギリシャはもちろんイギリス、フランス、アメリカ、日本と色々な販路を挙げたことでノーベル家の態度はコロッと変わってしまった。


 俺は工場の奥にある応接室に招かれて、そこでお茶を出される。


 この時代、まだスウェーデンまでコーヒーは来ていないだろうから、こういう時に出すのは紅茶ということになるんだろうな。


「本当にそんなに販路が確保できるのか?」


 ノーベル家の面々は不安そうだ。


 まあ、破産したという話だから無理もないか。


「そうだ。安全な爆薬が出来たのなら、それだけの需要がある。多くの国では鉄道を作ったり、電信を敷いたりするために障害物を取り除く必要があるからな」


「……確かにスウェーデン政府も、我々の爆薬は鉄道工事には使えると言っていた。そうか、商用爆破という方法があったのか」


「商用で使えるのなら、戦争がなくなったから取引停止ということもないな」


 ノーベル親子(見分けがつかないが片方は明らかに爺さんだ)が話し合っているが、まさにその通りだ。軍事目的のものが民間目的で使われるようになるというのはよくあること、というか、現代への発展の多くを占めているわけだからな。


「そうだ。ニトログリセリンを何かと混ぜ合わせて安全なものにしたら、世界はお前達一家の者になる」


 ついでにヒントも教えておこう。自分達でも気づくはずだが、早めに気づかせておいて損はないだろうからな。


「そして、作り次第特許を取ると良い」


 これも一応大丈夫だと思うが一応言っておこう。


 ここまでやるなら俺がダイナマイトを開発しても良さそうな気もするが、こういうのも実験も大変そうだからな。



 ともあれ、ノーベル家は一気にやる気になり、研究意欲も増してきたようだ。


 その間に、俺はギリシャと日本との契約をまとめておこう。


 イギリスやフランスやアメリカは金持ちだから正規の値段で売れば構わないが、ギリシャと日本は金がないからな。少しでもケチれるのならケチっておきたいところだ。


 ノーベル家もまだ何も製品がない状態だから、強気にもなれない。良い爆薬ができれば政府代表として契約する、という時点で彼らは「やった! 安定した取引先ゲットだぜ!」と大喜びの状態だ。


 日本とギリシャについては世界相場の半分、仮にイギリスとフランスが取引に応じれば、1/5の価格で販売するということを納得させた。


「よし、それなら俺はイギリスに戻って、王室と政府に働きかけてこよう」


「おぉ、ヘル・リンスケ。頼みます」


 ノーベル一家は俺が頼みの綱だと言わんばかりの様子でもてなしくてくれて、そのまま送り出された。


 俺、もしかしたらオリンピックやるより国際商人やった方がウハウハな生活ができるんじゃないだろうか。



 そうそう、スウェーデンといえば小国であり、国を代表するスポーツがあるわけではないが、スポーツ教育という点では世界に先駆けている。


 ペル・ヘンリク・リングという人物が1813年にストックホルムに王立中央体育協会と呼ばれる教育機関を設立し、子女を鍛え始めたわけだ。日本で言うと体育大学みたいな感じだな。


 ヘンリク・リングは大分昔に死んだはずだが、恐らく息子のヤルマールが体育協会にいるのではないだろうか。


 このヤルマールが父親の研究を更に体系化したものがスウェーデン体操として知られるものだ。これは日本にも明治期に伝わってきて、日本の体操にも大きな影響を与えている。



 せっかくストックホルムまで来たのだ。ヤルマール・リングにも会っておくか。


 しっかり体を動かしている者が大勢参加してくれれば、オリンピックも盛り上がるだろうし、な。


 ということで、ロンドンへの船に乗る前に、王立中央体育協会の場所を聞いて訪ねてみた。


 受付で俺が名前を名乗ると、相手はびっくりした。


「リンスケと言いますと、あの、イギリスでオリンピック宣言をしたリンスケ・ミヤチさん?」


「えっ、オリンピックのことも知っているの?」


「当然ですよ。もう10年前くらいなんですかね。新聞で見て、我が体育協会も参加できないかと議論していたものです」


「いやいや、その時は是非」


「早速校長を呼んできます」


 受付嬢は大きくベルを鳴らして、従者らしい者に校長を呼んでくるようにと伝えた。



 いやはや、スウェーデンにも伝わっていたとは。


 そして参加したいとまで言ってくれるとは。


 王室とか要人には協力してくれそうな人はいたけれど、スポーツに詳しくて協力してくれる人というのはあまりいなかったからな。


 リングが協力してくれると非常に助かる。



 程なく、ヤルマール・リングがやってきた。


 この時代だから仕方ないが、やはり彼も髭を伸ばしている。


「君がリンスケ・ミヤチかい? まさかこの王立中央体育協会を訪ねてくれるとは思わなかったよ。色々聞きたいことがあったんだ」


「そうなんですか?」


 嬉しい反面、もしかして相当にハイレベルな議論になるのではないかとちょっと不安になってきた。




※史実ではこの年の9月にノーベル家は爆発事故を起こして、弟のエミールが死亡し、アルフレッドも負傷することになりますが、この話では避けられそうです。

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