第2話 燐介、ノーベルと会う②
俺はストックホルムで親切なおばちゃんから地図を貰って、ノーベル家を目指す。
街の人達は皆親切だ。といっても、この時代のスウェーデンの人達が素晴らしいから、というわけではなく、俺がギリシャから来たからだ。
この時代のスウェーデンは汎スカンディナヴィア主義、つまり「スカンディナビア半島の国は家族だよ」というような思想をもっている。だから「デンマークと組んで生意気なプロイセンを倒そう」という動きもあったのだが、幸か不幸か先立つものが足りないために参加していない。
ただ、スウェーデン国民は総じてデンマークの味方だ。
だから、デンマーク王子が国王になっているギリシャから来た俺も、「仲良し対象」となるわけだ。
さて、ノーベル家の工場だ。
ストックホルム郊外にある工場は、日本の下町工場を思わせるところだ。一階部分が工場となっていて、二階より上で住む、そんな具合の建物だ。
実際、ノーベル家はアルフレッドの父イマヌエルを社長とした家族工場みたいなもので、家族と地元の職人が働いている。
「こんにちは~」
入り口から声をかけたが、反応はない。奥の方で話し声がしているから会議でもやっているのだろうか。
とりあえず中に入ってみた。と、足で何かを蹴ってしまった。
「うん? うおぉ!?」
少しだけ液体の入った試験管を蹴ってしまったらしい。
液体と言っても、ノーベル家が扱うものだからほぼ間違いなく爆薬のはずだ。それが床に転がっている別のビーカーに当たる。そこには違う液体が入っているようだ。
幸い、何の化学反応も起きなかったが、肝を冷やした。
確か、ノーベル家って爆発事故も起こして、兄弟を失ったなんてこともあったはずだ。
それはまあ、こんな雑に爆薬を扱っていたら、事故も起ころうものだ。
ただ、このあたりの低い安全意識は仕方ないのかもしれない。この時代には危険物を扱う安全基準みたいなものはないし、そもそもどう危険なのか認識されていないことも多い。
これよりもっと下った時代にノーベル賞を二回取ったマリー・キュリーにしても放射能がガンガン動き回っている研究施設の中を無防備で歩いて研究を続けていて病魔に蝕まれたわけだし、な。
ともあれ、迂闊に歩くと爆薬を踏み抜いて爆発してしまうかもしれない。中々恐ろしい環境だ。
「おーい!」
もう一度声をかけると、中から三人の髭を生やした若者が出てきた。
アルフレッド・ノーベルの父イマヌエルは八人の子供を作ったが、成人したのは男四人だ。つまり、ノーベル兄弟そろい踏みというわけだ。誰が誰だか全然分からないし、どれがアルフレッドかも全く分からないが。
「何だ、おまえさんは?」
「俺はギリシャから来たリンスケ・ミヤジだ」
「ギリシャ?」
兄弟たちが目を丸くしたが、すぐに「ははぁ」と納得した。
「そうか、そうか。我がノーベル家の爆薬を戦争に使いたいのだな? よし、試供品を持ってこよう」
そう言って、試験管を蹴っ飛ばして奥に取りに行こうとする。
「いや、そうじゃなくて。あと、試験管を床に転がすのはやめようぜ。危険過ぎる」
当たり前のことを言ったつもりだが、ノーベル兄弟はたちまち不機嫌になった。
「危険? 危険? 危険だと!? リスクを冒さずして、事を成し遂げることなどできぬわ! おまえはスウェーデン軍と同じことを言う! 危険を冒さぬから、スウェーデン軍はいつなんどきでも負けているのだ!」
「起業リスクと、雑な爆薬管理を一緒にするな!」
こんな適当な管理で進軍していたら、戦場に着く前に爆破事故で全滅してしまうわ!
おっと、いけない。
このままではわざわざスウェーデンまで喧嘩しに来ただけになってしまう。
「いいか、俺はあんた達が爆薬の達人と聞いて、ギリシャからやってきた」
爆薬の達人、という言葉に三人の自尊心がくすぐられたようだ。ご満悦の顔になる。
「ただ、爆薬が広く使われるためには、安全でなければならない。きちんとした爆薬の使い道はとても多いが、全員がスペシャリストとは限らないからだ。子供が使っても安全なようにしなければならない。そうすれば多額の利益を生むだろう。安全は大切だ」
「むむう」
むむう、じゃねえよ。
ノーベルはニトログリセリンの爆発で家族を失ってから、安全な起爆性を追い求めてたというけど、マジで安全のことを考えていなかったのかもしれないな。
まあ、安全性を追い求めた結果、何かと混ぜ合わせてダイナマイトにしたのだから大したものだけど。
えっ? 何と混ぜたのかはまでは覚えていない。
「誰でも使える爆薬にしたら、みんなが買うし、俺がイギリスやインドにも紹介するから」
「イギリスやインドだと?」
「そうだ、日本や中国にも買い手はいる」
実際、日本もこれから近代化するだろうから、爆薬は欲しいだろうからな。
ノーベルと仲良くなれば、鉄道工事なんかは大分楽になるに違いない。
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