35章・スポンサーを探して
第1話 燐介、ノーベルと会う①
インドを出発した俺達は、再びスエズ経由でヨーロッパ方面へと戻ることになる。
今回のインド行きは色々と経済面で実りが大きかった。ジャムシェトジー・タタとの繋がりが出来たことや、ロイターを通じて電信制度に関わり合いをもつことができた。
考えてみれば、現代はともかく20世紀のオリンピックの発展には経済発展とセットになっているところがあった。1964年の東京オリンピックは高度成長期と重なっていて、オリンピック開催がそうした経済発展を実感できる場でもあった。
アテネでのオリンピック開催も、そうしたものにした方が良いのかもしれない。電信なり何なり、万国博覧会に出て来るような最新技術をギリシャに持ち込み、ギリシャの発展を象徴するものとしてオリンピックも開催するのが理想的なのではないか。
そうすれば国内の「領土を増やせ」、「あそこは大昔ギリシャのものだった」といった殺伐として動きを宥めることができるんじゃないだろうか。
イギリスに戻る途中、イオニアに寄った。
イオニア諸島は元々イギリス領だったが、ゲオルギオス1世が即位した記念に、イギリスからギリシャに贈られた形となっている。ただ、もちろん、イギリス船が立ち寄ることは反対されない。
戻ってきて、不在だった期間のヨーロッパ情勢を確認する。
大きく変わりはない。ヨーロッパ内部においてはプロイセンの動向が問題となっている。デンマークとの間でシュレスヴィヒ・ホルシュタイン問題を起こしている。
一方、新大陸の方に目線を向ければ、マクシミリアンがメキシコ皇帝となってしまい、南北戦争は依然として激戦を続けている。
この動きはしばらく続くから、今すぐに何かする必要があるわけではない。マクシミリアンについてはどうにかしてやりたいが、妙案もないのにメキシコに行っても時間の無駄だろう。
インドでタタと仲良くなったから、ヨーロッパでもオリンピック開催を助けてくれそうな富豪のバックアップが欲しい。
パッと思い浮かぶのは陰謀論などでもおなじみのユダヤ系財閥ロスチャイルド家であるが、正直、近づき方が分からない。
もう一つ思いついたのはノーベルだ。
ノーベル賞の起案者としてあまりにも有名なアルフレッド・ノーベルは、ダイナマイトを開発して巨万の富を得た。その財産が彼の死後、運用されつつノーベル賞となっているわけだ。
ノーベルが活躍したのは1880年くらいだから、まだあまり有名人ではないはずだ。新聞などで名前を見たこともないし。ということは、今はまだ陽の目を見る前だから、うまくいけば仲良くなれるかもしれないし。
ということで、エドワードとフランスまで一緒に行った後、北フランスで別れることにした。エドワードはもちろんロンドンに戻り、俺は北のスウェーデンへと向かう。
スウェーデンを含めた北欧諸国は21世紀では福祉国家として有名で、非常に民主的であり、ともすれば理想郷のように語られることもある場所だ。
しかし、この時代においては全くの逆だった。
2年前から選挙制度が変わり、地方自治体の選挙権は株式会社も投票権があるようになった。しかも、納税額と所得に応じて投票権の数まで増えるという。収入の少ない人間に投票権を認めないということはよくあることだったが、収入額が多い人間に投票権を増やすという発想は中々ない。
だから、地方によっては大富豪や大会社1人の投票で過半数を占めることもあるらしい。
この選挙制度が来年からは国政選挙にも導入される見込みらしい。資本主義の極みである。
これが20世紀には一転して、もっとも平等な国になるわけだから驚きではある。国があまり大きくなく、人口も少ないから、こうした国をあげた大変化というのが出来るのかもしれない。
ということは、ギリシャで大変化を行うことも可能なはずだ。
それはさておき。
現在のスウェーデンは資本主義の権化たる国なので、当然、国民の起業意欲は高いし、企業家の情報も色々知れ渡っている。
俺がノーベルの居場所を聞くと、すぐにストックホルム郊外にある研究所の場所を教えてくれた。
「あいつら兄弟はそこで爆弾ばかり爆発させているんだ。自分達の金庫を木っ端みじんに爆発させたというのに、まだ足りないみたいなんだぜ」
教えてくれた面々はそう言って大笑いした。
というのも、ノーベル家はロシアとの繋がりが深いらしく、クリミア戦争の頃には武器の販売で大儲けをしていたらしい。しかし、戦争が終わって発注がなくなったし、贔屓のロシアは負けたので既に発生している代金支払いも拒むようになってしまった。それでノーベルの父親は破産してしまったらしい。
そこから再起をかけて、爆発物の研究をしている。ここから長じてダイナマイトを開発することになるのだろう。
いいタイミングなのではないかと思った。
どん底にいる状態のノーベルに対して、販路を約束すれば色々と恩に感じてくれるだろう。ダイナマイトが売れるようになればオリンピックにも協力してくれそうだ。
俺は早速、ストックホルムのノーベル家の工場へと向かうことにした。
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