第13話 一太と慶喜①
江戸に着くや否や、佐久間象山は意気軒高だ。
「よし、まずは海舟に説明してこよう!」
佐久間象山の妻は勝海舟の妹であるお順である。つまり、2人は義兄弟ということで、勝に大政奉還について説明しに行くつもりらしい。
才能はともかく、佐久間は色々と迷惑だ。ただ、義兄弟である勝海舟であればそのあたりは理解して、要点だけ検討してくれるだろう。
「分かりました」
勝への説明は、佐久間に任せるとして、私は別の人間に説明する必要がある。
もちろん、将軍・徳川家茂に話をすべきではあるのだが、まだ数え20だ。1人でそれをなすには若すぎる。
老中に話すべきか。あるいは小栗上野介に話すべきか。
まずは小栗上野介だろう、と思ったのだが、小栗は横須賀製鉄所を建設するため横須賀に出張っているという。
となると、仕方がないので老中牧野忠恭に説明することにしよう。
長岡の上屋敷に向かって老中と、いるのなら河井継之助との面会を求めた。
すぐに河井が出てきた。「またおまえか」というような顔をしている。
「以前の話ですが、いよいよ実現の時が参りました」
私がそう言うと、河井が「げえっ」という声をあげた。
私は清河とともに京に行った直後、河井と話をしていて、その中で大政奉還について示唆した。
その時点では必要と思いつつも、実現のための方法は見当たらなかったが、今は違う。実現のための方法がある、というよりも既にレールに乗っている。
まず、ここ一ヶ月で何度目か分からないが、河井に電信制度や電話の話をする。そのためには電信のためのケーブルを設ける必要があることを説明すると、渋い顔に変わった。
「……幕府が全ての国に従わせることは困難でございます。故に朝廷の指示を受けて、それを受けて幕府が電信制度を広げていくのが一番良い方法であろうかと思います」
「ふむう……」
河井もまた佐久間と同様、西洋の技術に強い関心をもっているし、電信という制度の有用性も理解しているだろう。
だから、これを日ノ本に張り巡らすことに反対と言うことはないはずだ。
そして、実際に引くとなると古い藩にも納得させるために朝廷の権威が必要となることも理解しているはずだ。
「是非もなしということか」
「左様でございます」
私が答えると、河井は再度渋い顔をして煙管へと手を伸ばした。
「……そのうえで、上様にご決断願うということか?」
「左様です」
前回もそうだが、具体的に「大政を奉還する」などと口にすると大変なことになるかもしれないから、お互いにぼかしたまま話をする。
「……多くの者が路頭に迷うのではないか?」
「現時点で申し上げることはできませんが、解決策が三つほどはございます」
「……そうか。解決策があるというのだな……。それなら、長岡は反対せぬ」
長岡は反対しない。
つまり、仮にこの話が老中会議に出た時に、牧野忠恭は反対しないということだ。
「ただ、一橋公や春嶽公はどうだろうか?」
「ふむ……」
正直なところ、意外な名前が出てきたと思った。
一橋慶喜と松平春嶽は史実では大政奉還を進めた側だ。そのイメージがあるので、「反対する」と河井に言われて一瞬戸惑った。
ただ、2人が大政奉還を考えたのは、既に将軍が慶喜になっていたからだ。
安政の大獄の頃から、慶喜と春嶽は家茂・井伊直弼と対立関係にあった。また、慶喜達が大政奉還をしようとしていた1867年は薩長同盟も結成されており、幕府の存続が本当に危ぶまれている状態だった。だから、彼らは大政奉還で生き残りを図ったのである。
今の幕府は、依然として不安定な状況ではある。ただ、存続の危機にあるとまでは言えない。だから、派閥対立という力学で慶喜と春嶽は反対するだろうとなるわけだ。
この2人が徹底的に反対すると、色々苦しい。
ただ、対立の中にも若干救いはある。というのも、史実では一橋慶喜の父・斉昭と家茂は対立したままだったが、ここでは脚気持ち同士の納豆食同士という絆があった。斉昭はもう亡くなってしまっているが、家茂に対する敵愾心は史実よりはマシだろう。
だから、慶喜も史実ほどには敵対心を持っていないはずである。
「そうですね。一度、一橋公と話をしてみようと思います」
こう言っては何だが、慶喜も春嶽も、良いところ育ちゆえに政治的に良い顔をしようとして流されるところがあったように思われる。
父・斉昭のような絶対的な信念としての尊攘派ではないので、うまく話をすれば自分の損得という観点から協力してくれるのではないか。
「つきましては、面会の場を取り持っていただけないでしょうか?」
「拙者が……?」
河井は嫌そうな顔をしたが、私に従った方が長岡が得をすると考えたのだろう。
「……分かった。うまくいくかどうかは保証できないが、某に出来ることはやってみよう」
いかにも恩着せがましい口調で言ってきたので、思わず笑ってしまった。
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