第12話 一太、象山を伴い江戸に入る

 金沢で前田家からの書状を預かり、そのまま江戸へと向かった。


 途中、松代に寄るので佐久間象山を訪ねることにした。



 松代は、戦国時代の花形スターである真田幸村の兄・信之を祖とする。


 19世紀に入ると、寛政の改革でおなじみの松平定信の庶長子であった幸貫が藩主となり、老中を任される傍らで藩政改革も行ったという。その結果として佐久間象山のような人物も出てきたと言って良い。


 ただ、この幸貫が亡くなり、その後藩主となった孫の幸教はまだ若いこともあって、藩をうまく導けていないという。そこに幕末の動乱がやってきたため、佐幕派と尊攘派が激しく対立するようになった。


 本来なら、佐久間象山に改革派の先頭を切ってもらいたいのだが、佐久間はプライドが高いうえに人を見下す傾向があるため、敵も多い。



 史実であれば、佐久間も既に物故しているはずだ。


 吉田松陰に連座して小伝馬町の獄にしばらく滞在しており、解放された後も松代での滞在を余儀なくされた。この年になって一橋慶喜の招きに応じて京に出てきたが、そこで河上彦斎らに斬られたという。


 ただ、この世界では色々変わっていて、現在は佐久間を斬った河上の方が入牢している。


 ゆえに佐久間は当分の間、安全だろう。


 敵が多いし、松代も対立が多いから油断は禁物だろうが。



 佐久間の屋敷を訪ねてみると、やることもないようで庭先で酒を飲んでいた。


「おぉ、おまえは……?」


「お久しぶりです」


 挨拶をかわし、近況を話し合う。


 と言っても、佐久間は松代を出ていないので、特に何か進んだところがあるわけではない。


 私の話を聞いて、驚いているばかりだ。


「電信に、電話か……」


 佐久間は洋学の第一人者だが、基本的には蘭学で、しかも兵学がメインだった。


 大砲や艦船といったことは分かっても、電信や電話というものについては知識がない。それでも、さすがに洋学の第一人者というべきだろう。説明すればある程度のところまでは理解したようだ。


「なるほど、電信を日ノ本全土に通じるわけか。そうなると、幕府だけではなしきれん。朝廷が主導し、徳川家茂が実行するということか」


「そうです」


「凄いぞ! これならば日本は変わる!」


 政体変更の考えに佐久間も賛同している。


 そこまでは良かったのだが。


「ならば、自分も江戸に行き、幕臣共を説き伏せよう」


 と言い出した。


 考えてみれば象山はやることもないから、こういう話題を持ち出すとついてくるに決まっていた。つい、余計なことを話し過ぎたかもしれない。



 正直なところ、私は地味だ。


 だから、街を歩いていても「あいつが山口だ! 斬れ!」となるケースは少ない。もちろん、私に敵意をもっていて面を知っている者もゼロではないだろうが、通りすがりの尊攘派に気づかれて斬りかかられる可能性はそれほどないと思う。


 しかし、佐久間は有名人だ。面体を知るものが多いし、何より本人がどうでも良いところで「俺は佐久間だ!」と名乗ってしまうところがある。しかも敵が多いから、狙われるかもしれない。


 来るのなら、別行動にしてほしいが、そういうわけにもいかなさそうだ。



「大勢に狙われたら、見捨てるしかないよ」


 佐久間がついていくるということになって、沖田もはっきりとそう言った。2人は守れないから優先するのは自分だ。襲われた時には死んでくれ。


 はっきり言われたことで不服そうだが、だからといって自分で護衛を雇うかというとそういうこともない。


 それこそ敵対的な人間に見つかったら大変だが、幸いなのは、松平容保の通行許可状によって馬を借りることができるという点だ。佐久間も馬術は中々のものだ。というより、三人の中では私が一番馬は不得手だ。


 尊王攘夷派の連中が銃を持っていることはまずないから、いざ襲われた時、馬に乗ってさっさと逃げれば良い。


 ただ、佐久間は陽気な男で、馬に乗りながら大声で歌など歌いだすから困る。幸いにして「変な奴だ」という顔を向けられることはあっても、佐久間だと気づく者はいなかったようだが。



 そんな状況の下で、私達は、長野南部から軽井沢へと抜け、そこから横川の関所を抜けて安中から高崎へと入った。あとは高崎から中山道を通って江戸へと向かう。


 金沢を出発して、ほぼ七日で江戸についた。


 金沢から江戸までの参勤交代では13日かかったというから、ほぼ半分だ。


 やはり馬での移動は有難い。

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