第10話 一太、再び金沢へ向かう②
金沢への旅には京都守護職・松平容保から通行許可状を貰っている。通行許可のみならず、馬も優先的に供与してくれというものだ。
故に途中の彦根や福井で馬を替えることもでき、金沢まで3日で着くことができた。
着いてすぐに金沢城へと向かう。こちらも許可状の効力があるし、そもそも筆頭家老の本多政均が私のことを知っている。
名前を言うだけで、すぐに通された。
金沢城の二の丸に通されて、そこで待つように伝えられた。
すぐに本多政均が入ってきた。かなり慌てている様子で、急いでやってきたらしい。
「お久しぶりでございます」
私の挨拶に応じることもなく、いきなり問いかけてきた。
「京から参られたそうだな、もしやと思うが若様の件か?」
意外な事に、相手側から慶寧の名前が出た。
ということは、既に本多の方でも不審な動きがあるということを把握していたのだろう。
「ははっ、実は……」
私は、土方歳三の捜査についての話をした。
「よもやと思うておったが、真であったか」
本多は歯ぎしりをして表情をゆがめた。
「浪士組も、私も、前田様に処分があるようなことは望んでおりませぬ。穏便にしていただけるのでしたら、それが有難く」
死者も出ているので、穏便に済ませるというレベルではまずいのかもしれないが、前田家が尊攘派についているという認識を出すのは非常にまずい。
「うむ、報告かたじけない。わしも殿も、一太と土方の厚誼を忘れるようなことはない」
本多はそう言って、頭を下げ、一度中座した。
廊下の方から、「至急、京に行くのだ」という声が飛び、「若様の近侍の者共を集めて参れ」という声もしている。
これはひょっとすると、尊攘派の大粛清を行うのかもしれない。
史実では、池田屋事件前後で長州寄り過ぎるということで前田家は叩かれ、慶寧が表舞台から引っ込められ、加賀の尊攘派はことごとく殺された。
その結果、本多は恨みを一身に浴びてしまったし、前田家自体が幕末維新で存在感を発揮できなかった。
今、本多が慶寧の近侍をことごとく粛清してしまっては同じことになるかもしれない。
どうしたものか、止めるべきか。
ただ、今回、前田慶寧とその近辺が尊攘派を後押しした結果、史実と違う形で池田屋事件が起きてしまい、しかも芹沢鴨ら多くの隊士が死ぬという事態になった。
前田家に累が及ぶのはまずいが、その報復として近くにいた尊攘派が処罰されることまで止めるのはどうだろうか。浪士組からすれば「因果応報だ」ということになるかもしれない。
沖田に小声で聞いてみたが。
「……その連中については土方さんもどうしようもないと思っているんじゃないかな?」
という返事、やはり処分してほしいと思っているようだ。
感情まで収めるのは難しい。
これはもう前田家に任せる他ないだろう。
4半刻ほどして本多が戻ってきた。
「すぐに京に兵を出して、若様を金沢に連れ戻すように指示を出した。今後、前田家が京に住む人達に危険を及ぼすことはない旨、ここに誓約いたす」
「そうであれば助かります」
「それとこれは……」
思わず、「おっ」と声を出しそうになってしまった。ボンと出された切り餅が二つ……ということは50両?
「些少なれど、前田家からの気持ちである。どうか受け取っていただきたい」
「左様でございますか。それでは有難く……」
これだけの金を貰えるというのは非常にありがたいのだが、これだけポンポンと金を出して前田家は平気なのだろうか?
いくら加賀100万石とはいっても……
ともあれ、前田家が敵に回る事態は回避されたと見て良いだろう。
後々、江戸から戻った後に知った話であるが、前田家は150人の家臣を京に送り、私にも言っていたように慶寧を無理やり金沢まで連れ戻し、そのまま幽閉してしまったようだ。更に近侍の者についてはほぼ全員が切腹を申し付けられたという。
また、前田家から浪士組には金1000両が、土方個人にも50両が贈られていたらしい。
土方はこのうち100両で慰労の宴会を開催し、残り900両で軍備を整えたのだという。
一方の本人宛ての50両……これについては、あえて書くまでのこともないだろう。土方らしく、使ったようだ。
これで金沢での任務は終わりかと思ったが、本多が更に膝を近づけてきた。
「時に一太よ、ここ1年ほどの時勢の動きはめまぐるしく、拙者も全て追い切れていない。今後のことについて少し教えてもらえないだろうか?」
「……承知いたしました。某が知っていることであれば」
金50両も貰ったのだ、協力しないわけにもいかないだろう。
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