第9話 一太、再び金沢へ向かう①

 日が変わる頃、山﨑丞から池田屋の状況を伝えられた。


 まず驚いたのは、別の潜入先と思しきところに向かった芹沢鴨らが爆薬の爆破で殉職してしまったということである。


 尊皇攘夷派の暴発がいかに凄まじいものかということを見せつけられた。


 また、芹沢達は本来なら既に死んでいるはずなのだが、浪士組の対立がなかったために生き延びていた。そんな彼らが図ったように殉職したという事実にも驚かされる。


 死ぬべき者が生き延びて、長生きできるというものでもないのかもしれない。


 となると、御所で働いている清河八郎などはどうなるのだろうか。



 一方で、宮部鼎蔵や河上彦斎といった大物が軒並み捕縛されるか斬り死にしたということは、これが最後の暴発であったことも意味するだろう。


 尊王攘夷派の企てが失敗した以上、もう応援する者はいないだろう。長州も今回、関係がないのだから綺麗さっぱり手を引けることになる。


 そう思っていたのだが……



 二日後の朝、土方が私のところにやってきた。


「一太、ちょっと話したいことがある」


「話ですか?」


 随分と真面目な顔をしているし、入ってくるなり戸をピシャリと閉めた。ここにいるのは浪士組の者達ばかりであるが、その者達にも聞かせたくない話らしい。これは余程のことだろう。


「何です?」


「河上彦斎を尋問にかけた」


「……あまり想像したくありませんな」


 土方のことだから、古高俊太郎の時と同様にかなり厳しい拷問にかけたことが考えられる。正直想像したくない。


「……いや、思いのほかあっさり喋った。ああいう強い奴らは自分が叩かれることに慣れておらんのかもしれん」


「そうなのですか……」


 そういえば、岡田以蔵も拷問にかけると脅しただけであっさり喋ったというような情けない話がある。土方の言うようなことがあるのかもしれない。


「奴が言うには、奴らの資金を供与した中に、前田中将様がいるらしい」


「前田中将!?」


 私は仰天した。


 なるほど、土方が内密に話をしてきたわけだ。



 およそ1年半前、私と土方とで金沢に行ったことがある。


 幕藩体制下で最大の大名家である加賀・前田家は藩主斉泰なりやすの支配下にあるが、反対派が嫡子の慶寧よしやすについている。その中には尊王攘夷派の者も結構いるという。


 5月、この慶寧が御所の警護のために上洛していた。この機と見て、長州藩に排斥された連中が前田慶寧に近づいたのだろう。



 これは非常にまずい。


 前田家が尊王攘夷派を支援しているとなるのもまずいが、これを公にしてしまうのはもっとまずい。尊王攘夷派が希望をもって金沢に押し寄せる可能性がある。


「前田様の家老・本多様には以前、大金を貰ったことがある。それをさておくとしても、これを明るみに出すのはまずい。どうしたら良いと思う?」


 そういえば、以前、本多政均まさちかから切り餅の小判を貰ったことがあった。それを旅費としてふんだんに使っていた恩が土方にはあり、この機に多少の恩返しになると考えたようだ。


 ただ、本人も言うようにそうした個人的なことを別としても、前田家の関与が明るみに出るのはまずい。


「本多様に伝えるのが無難でしょう」


 繰り返しになるが、現在の加賀の構図は絶対君主である藩主斉泰の下に本多政均がいる。それに反対する者が後継者である慶寧についている。


 だから、前田斉泰に息子を謹慎させて、前田家の中で内内に処理してもらうのがもっとも無難な方法だろう。


 ただ、史実と同じく本田政均らが若い藩士を弾圧しまくるのも良くない。


 そのあたりの匙加減は難しい。ただ、まずは前田家に伝えるのが重要だ。


「俺もそう思った。一太、総司をつけるからやってもらって良いか?」


「それは構いません。ただ、江戸の上様とも話をしたいので、一度京を出るとしばらく戻ってこないかもしれませんが」


「金沢までは急いでもらいたい。その後はのんびりしても構わない」


「そうですな……」


 当面、土方をはじめ試衛館組が尋問にあたる。「加賀の前田中将が絡んでいる」という情報については徹底的に伏せる。明るみになる前に前田家に調査してもらい、慶寧を謹慎させないといけない。


「金沢にはすぐに発ちます」


 私はそう約束した。


 緊急事態でなければ何日か待ちたいというのはあった。薩摩から西郷隆盛を京に呼ぶ手はずになっているから、だ。ただ、大久保もついてくるだろうし、土方達に任せておいても大丈夫だろう。



 その日のうちに沖田と合流し、私達は馬を駆って金沢を目指すことになった。

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