第6話 改・池田屋事件①

 御所から戻ってきて、江戸へ向かう準備をしていると、壬生の雰囲気が昨日までと全く違う。ピリピリとした緊張感にみなぎっていた。


「どうしたんだ?」


 たまたま通りすがった永倉に尋ねてきた。


「……尊攘派の間者らしい男を捕まえてきて、今、土方さんが尋問をしている」



 何だと?


 そういえば、今日は六月五日。


 史実ではこの年に六月に池田屋事件が起きたと言われている。


 それが起きているということなのだろうか。



 同じ形で起きるというのは信じがたい。


 尊攘派を取り巻く状況は、史実とこの世界とでは全く異なっている。長州の毛利敬親や桂小五郎は開国派に転じている。清河八郎のような尊攘派の首魁ですら行動をやめているし、八月十八日の政変もなかった。当然、尊攘派の公卿が長州にいることもないから、陰謀の巡らせようもないはずなのだが。


 ただ、尊皇攘夷運動が大きく広がったのは、その思想が受け入れられたのみによるものではない。


 社会不満などが膨らんだ結果、大きくなった運動であることも確かだ。


 そうした不満が公武合体運動の拡大によって段々と行き場をなくしているのも確かで、残された不満がどこかで爆発するという点では、同じなのかもしれない。



 こういう状況では、のんびり大坂から江戸へ行くわけにもいかない。


 しばらく屋敷にとどまって様子を見るしかない。


 昼を過ぎると、島田魁や原田左之助が地図をもってバタバタと走り回っている。「池田屋だ」、「池田屋に土佐や肥後の尊攘派が集まっている」というようなことを言って回っている。


 場所まで同じなのか。


 まあ、上層部は意見を変えたが、中間より下にはそうでないものがいて、そういう者がよく使うのが池田屋ということなのだろう。宮部鼎蔵みやべ ていぞうなど、この事件で死んだ尊攘派の大物が懇意にしていたのかもしれないな。



 夕刻、土方が現れた。


「おう、一太」


 土方は美男子だが、普段はどこか飄々としたところのある男だ。


 しかし、今は真剣極まりない顔立ちをしている。死をも覚悟していると言っても良い表情だ。


「出動ですか?」

「あぁ。尊攘派の奴ら、どうやら最後の賭けに出たようだ」

「最後の賭けですか……」


 確かにありうる話だ。


 尊攘派は史実以上に追い詰められている。最大の資金源である長州は支援を断っただろうし、他国も私が間接的に関与して変わっているところが多いだろう。変化がないのは土佐くらいだろうが、その土佐では土佐勤王党が弾圧を受けているはずだ。


 縮小を余儀なくされた分、最後のあがきに出ることになったのだろう。



「古高俊太郎という男を捕まえた。こいつが去年までは長州の間者だったらしいが、この前、長州から支援を打ち切られたらしい。それが知れ渡る前に、長州と関わり合いのある連中と語らって武器や弾薬を集められるだけ集めているという話だ」

「なるほど……」


 現代社会なら、「彼はもう長州とは関わり合いがありませんので」とEメールでも送れば良いが、この時代は手紙になるし、それも全部に送るとは限らない。


 となると、解雇された古高が最後のあがきということで、取引先からありったけの武器や弾薬を集めるということは容易にうかがえる。


 ありったけ集めているとなると、下手すれば史実よりも危険な状態にあるのかもしれない。


「それだけのものを収容できるのは池田屋をはじめ、二、三軒しかない。今晩中にここに踏み込み、全員引き連れてくるつもりだ」

「分かりました」


 そう言うしかない。


 現代ならば「見込み捜査もいいところだ」という話になるかもしれないが、史実の池田屋事件はクロだったわけだし、止めるわけにもいかないからだ。



 沖田が入ってきた。


「土方さん、近藤さんの隊は全部準備が整いましたよ。芹沢さんのところもあと半刻で揃うそうです」


 土方が舌打ちした。


「遅いな、何やってんだ?」

「大坂に相撲を見に行っていた連中がいたらしくて、招集が遅れているみたいですが、間に合わない連中はもう良いということのようで。新見さんと平山さんが来たら出動です」

「分かった。あと半刻だけ待とう。ただ、芹沢のところは信用ならねぇ。俺達のところを二分して池田屋に踏み込む」


 こういう時の土方は本当に頼りになるし、皆も信用しているようだ。明朗に作戦を立てていく土方に対して、沖田は「分かりました」と頷いているだけだ。


 おそらく、土方の指示の通り動くことになるだろう。



 これは池田屋事件ではあるが、史実の池田屋事件とは異なるものなのかもしれない。


 出動した者達が負傷しないよう、ただ、願うだけである。

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