第5話 一太、大政奉還を主上に説明する
江藤と別れた午後、早速御所へと向かったが、さすがに行ってすぐに面会できるということはない。翌日の朝、来るようにと指示を受けて戻ることになった。
もっとも、その方が色々と整理できるのも確かである。
壬生邸に戻ると、沖田と土方が話をしていた。土方が私に気づく。
「おう、一太じゃねえか。上機嫌なようだが、どうした?」
「いや、まあ。最近はどうです?」
少し前まで、尊王攘夷派が多いと試衛館組が愚痴をこぼしていたことを思い出した。
それからエドワードが来たことで、色々と変わっているのではないかと思うが。
土方も沖田も「そういえば……」と空を見上げる。
「確かにここ最近は目立って減っているような気がするな。総司は何人くらい斬った?」
「ここ1ヶ月くらいは斬っても撃ってもないよ」
「大分減っているな」
減っているという回答が返ってきた。
これは予想通りといえば予想通りである。
尊王攘夷派に資金を提供していたのは長州だが、その長州のトップ毛利敬親はエドワードと話をして、開国へと舵を切ることになった。これで尚、資金提供を続けていることがバレれば、長州は日本国内だけでなく、今後海外関係でも苦戦することになる。
だから、資金提供を打ち切り、活動費のなくなった尊王攘夷派は数が減っているのだろう。
「ということは、何人か減らしても大丈夫ですか?」
相手の数が減っているのなら、治安維持にあたる者も多少減らして良いのではないだろうか。
土方や沖田の給料も、空から降ってくるものではない。会津藩が出しているものだ。
会津も決してお金持ちというわけではない。不必要なら負担を軽くしてやりたいところだ。
「……いや、もうしばらく様子を見た方が良いのではないか?」
とはいえ、軽くされる方は仕事を失うわけだから、当然、今の土方のような回答になる。
仕方ない、ひとまず様子を見ることにしようか。
沖田がそこで思い出したように言う。
「あと、2ケ月前からやってきた見廻組が、俺達の仕事場を歩いているのも大きいかもね」
「あぁ、確かに。あいつらが洛中とかそのあたりを回っているからな。俺達の守備範囲が狭くなったというのは大きい」
「なるほど……」
確かに見廻組の存在によって、京の治安維持が更に強化されたことは間違いない。
ただ、尊王攘夷派自体が力を失っている中、浪士組と見廻組という二つの組織は不要な印象がある。そのうち、武士主体の見廻組から「浪士組など不要」という声があがるかもしれない。
一つの問題が解決すれば、別の問題が出て来る。中々うまくはいかないものだ。
翌朝、御所に参内し、天皇へ面会を求める。
「どうした、一太? おまえが日を置かず、朕に面会を求めるのは珍しいが……?」
「ははっ。先日、佐賀の鍋島様から面白い話を頂戴しまして」
「鍋島から?」
「はい。つまり……」
と、まずは今回の電信制度の他、鉄道・郵便制度など全国的な工事が必要とされる事業について説明をした。
そのうえで、これらを全国漏れなく通すには諸大名の合意がいるところ、幕藩体制ではそれが不可能であることを説明する。
「……そうなると、日ノ本の近代化が十分に進まないとなるのか?」
「今のままでは、そうなります。そこで幕府の大政を朝廷へと返還し、朝廷から『日ノ本全体のために必要な措置である』ことを説明いたします。さすれば、全国の大名も従わざるを得ません。これをもう一歩進めれば国民国家にも至ることができ、日本は一気に諸外国に負けぬ発展を遂げることが可能であると思います。すなわち、真の意味での攘夷が可能となります」
「ちょっと待った。朝廷が大政を執り行うと言っても、そのような力はないぞ?」
「もちろん承知しております。一旦、大政を返還された後、当座は徳川家を代表とする形で貴族院を構成すれば、大きく変わることはありません」
「ふむ……、実態は変えないが、名分を変えることによって円滑に進めるということか」
「左様でございます。今後、このように話が進むので、主上にもお含みおきをいただきたいと思いまして」
孝明天皇は腕を組んだ。
「……そうだな。確かに今、徳川家が日ノ本全体に細かく指示を出そうとしても無理だろうな。朕が引き受ける形になって、徳川が行う。公武合体……いや、武がなくなるから公武吸収とでも言えば良いのか」
「いかがでございましょうか?」
「いかがも何も……」
天皇が「そなたはほとほと嫌な男だ」と言った。
「そうするより他にないのであろう? 朕の心は決まっておる。自ら率先して行うには朕は古い人間だ。皇太子を前に立てて、進めていく分には構わない。必要とあれば、譲位することについてもやぶさかではない」
「ありがとうございます」
天皇サイドの考えは変わっていない。
あとはこの考えを幕府側に伝えて、乗ってくれれば……
私は、天皇に対してしばらく江戸に向かう旨を伝え、御所を後にした。
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