第4話 一太、江藤の助言を受け大政奉還を目指す

 坂本龍馬が江戸に去って数日。


 今度は九州から、江藤新平が上京してきた。


「殿からの言伝を預かってきた」


 相変わらず目つきの悪い顔で、私の方を見る。


「殿から……?」


 殿というのは、鍋島閑叟のことだろう。


 幕末四賢侯の1人として評価が高いが、直接に会ったことはない。


 一体、どういうことだろうか?


「貴殿がイギリス皇太子を日本に連れてきたらしいな」


「うっ……」


 そのことか。


 イギリス皇太子エドワードが各地を訪問していたということは情報収集に熱心な大名なら有していてもおかしくない。


 西洋の情報に人一倍熱心な鍋島閑叟である。イギリス皇太子が佐賀に立ち寄ることなく帰ってしまったことが面白くないのだろう。


「……申し訳ござらぬ。エドワード殿下の滞在日程に限界があったゆえ、佐賀を訪れさせるという発想が出てこなかった」


 ここは素直に謝罪しておいた方が良いだろう。



「いや、別にそれは良いのだ」


 江藤は気にしていないと右手で制する。


「イギリスの皇太子が来たということで、長崎には更に色々な商人が来ているし、これまでと異なる情報がやってきている。この日ノ本全体が大きく変わるのではないか、という話が沢山来ている。その点について相談しにきたが、貴殿のところにも何か来ていないか?」


「インドから、電信制度を広めてはどうかという話が来ている」


「殿が興味を有しているのは鉄道だ」


「鉄道ももちろん整備したいものではある……」


「ただ、殿は同時にこうも言われた。今、この日ノ本は諸大名の国となっている。それぞれの大名は己の好き嫌いで決めるかもしれん。それは日ノ本全体にとっては真に良くない話である」


「確かに……」


 鍋島閑叟のように、西洋事情に詳しい大名ならば、電信制度や鉄道網があった方が良いと考えるだろう。しかし、諸国の大名が全員そうであるとは限らない。依然として攘夷派の者もいるかもしれないし、そうでなかったとしても他所との張り合いなどの諸事情で反対する可能性がある。


 21世紀の日本でも地域事情による対立はしばしば起きているのだ。この時代なら尚更だ。


「そこで、これについてはどうにか朝廷を説得し、幕府ではなく、朝廷が行うとした方が良いのではないか。殿はそう言われた」


 これはまあ、その通りと言って良いだろう。


 幸い、孝明天皇も電信制度の重要性については理解していて、皇太子を中心に研究するように指示を出している。


 幕府が指示を出すよりは、「国のために」と朝廷が言い、その信託を受けて幕府と諸大名が実行するというのは都合が良いとも言えそうだ。



「殿はいっそのこと、大政を朝廷に返してしまっても構わないのではないかと言っている」


「むむっ……」


 江藤の言葉に、私は自然と姿勢が前に傾いた。


 大政奉還は国民国家になるために必要なことだとは、考えていた。近いうちに行いたいと考えていた。


 ただ、そのきっかけというのが中々ない。


 将軍職の返上その他、幕府にとってとてつもない重大な事項である。いきなり「返します」と言う訳にはいかない。


 だが、電信制度や鉄道制度……それだけではなく郵便事業といった全国的な刷新というのは一つ、理由となるだろう。


 今後の日本のために必要だと諸大名に諮り、聞いてもらえない場合は、「ならば大政を朝廷に返還し、朝廷に是非を判断してもらおう」と持っていく。そのうえで朝廷から「電信も鉄道も必要なものだから、なさねばならない。さしあたり徳川家に任せよう」という方向性に持っていく。


 これならば、大義名分も立つし、日本の将来にとっても有意義だ。


 反対分子については、燐のオリンピック事業の他、西郷とともにビルマの改革を手伝うために派遣することもできる。



「……ところで、鍋島様のところでは西洋法の研究は進んでいますか?」


「西洋法? もちろん、そうした文献を多少持ち込んではいるが、研究までは行っていない」


「実は主上から、こうした法について整備して教えて欲しいと言われているのですが、私の方ではどうにも限界があって進んでいません」


 とまで言うと、江藤もピンと来たようだ。


「佐賀で、そうしたことをやってほしいと?」


「左様です」


 そもそも、目の前にいる江藤自体が史実では法整備をやっていたのだ。


「我が一存では決められぬ。佐賀に戻って、殿に伺いを立ててみないと」


「ぜひともお願いしたい。大政奉還その他については、私の方でどうにかしますので」


 大政奉還はどうにかする、とはっきり言ったことで江藤も「ふむ」と頷いた。


「確かに、貴殿はちまちま細かいものを調べてまとめるのは性に合っていなさそうだ。人には向き、不向きもあることも踏まえて、殿には言っておこう」


「大変ありがたく存じます」


 江藤との話はこれで終わった。



 更に話が加速しそうになってきた。


 まずは、孝明天皇に再度の念押し、次に江戸に向かって幕府との折衝だ。

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