第3話 主上、電信制度を受け入れることを決意する

 大久保は西郷を呼びに薩摩へと人をやった。


 当然、その夜は「吉之助の前途に乾杯」と酒を酌み交わすことになる。


 まだ前途が決まったわけではないのだが、とにかく付き合わされて……



 翌日は恒例の二日酔いだ。


 ぐったりとしていると、徳大寺と三条が尋ねてきた。


 何をしに来たのかと尋ねると「主上が電信を聞きたいと言っている」との回答。


 そうか、天皇にも伝えたのか。


 果たして、どういう判断を示すのか。


 水を飲んで味噌汁を口にし、宮中へと向かうことにした。



「一太よ。そこの二人から聞いたが、また奇怪なものがあるそうだな?」


 参内すると、孝明天皇が早速問いただしてきた。


 私は「はい」と頷いて、電信制度について説明をする。更に似たような理屈で、遠く離れたところまで話すことができる電話もできるかもしれない、とも伝えた。


「うむぅ……、やはりそのような恐ろしいものがあるのか」


 孝明天皇は渋い顔をした。恐らく、外国のものや技術など使いたくないと思っているが、電信や電話については、使わないでいるにはあまりに不便だと分かるのだろう。


 徳大寺と三条から既に聞いているはずだが、それでも私に尋ねたのは、信じられないという思いが強かったからに違いない。


「……それをこの日ノ本にも置くことになるのか?」


「主上が『ならぬ』と仰せであれば、無しとすることは可能ですが」


 真顔で答えて、孝明天皇の反応を待つ。


「……だが、他の国では使っているのだろう?」


「左様でございます」


「軍船は朕らには関係のないものであったが、このようなものは有るのと無いのとで雲泥の差じゃ。それは朕にも分かる。これにまで反対して、日ノ本を不幸にしたのであれば、それはそれで祖先に顔向けできない」


 私は「はい」と頷いた。日本を不幸に、という表現をしたが、ある意味、京都の公卿が不幸になることを危惧したのであろう。天皇も組織の長、組織全体の利益になるものを無視はできない。


「……一太よ、その話が現実化したのならば、皇太子を長として話を進めてもらいたい」


「ははっ。承知いたしました」


 日本や公暁のためになるから西洋の技術を使うしかないが、自分で携わることは抵抗がある。だから息子の皇太子に任せようということのようだ。


 孝明天皇らしい話だが、後の明治天皇である皇太子が史実より早い段階で、西洋技術に慣れ親しむこと自体は悪くないだろう。



「主上、殿下の下には我々を」


 徳大寺と三条が抜け目なく、自分達を売り込む。


 しかし、孝明天皇はジロッと睨みつけるような一瞥をしただけで、「良い」とは言わない。


 徳大寺も三条も尊王攘夷の強硬派だった。「幕府を無視せよ」というくらいの強硬派だ。


 公武合体を考えていた孝明天皇にとっては、目障りな相手でもあった。そうした意識が天皇にはあるし、そう思われていると徳大寺と三条は理解しているので、何かしら有益なことをして天皇の信任を取り戻したいと必死だ。


 しばらく考えて、天皇は私を見た。


「一太よ。皇太子の補佐には九条道孝くじょう みちたかを据えたい。その下に、この二人をつけてくれ」


「ははっ」


 私は一旦平伏して了承の意を表し、その後、2人をチラッと見た。どちらもガッカリしている。



 九条道孝はこの年で26歳。


 史実的には最後の藤氏長者として知られる人物だ。確か現在の天皇の祖先でもある。


 期待の若手エリートというところだ。


 彼を皇太子につけようというのだから、孝明天皇の中でも電信は相当重要なものという認識のようだ。


 と、同時に天皇のある種の棲み分け宣言とも言えそうだ。


 つまり、西洋技術や新しいことに関しては皇太子を中心とする若手世代に任せて、上の世代はそれを認めるがタッチはしない、という方針だ。


「幕府に対しても、至急これを調べて、日ノ本に取り入れるように伝えよ」


「分かりました」


 ま、これも当然の措置と言えるだろう。


 朝廷は準備を整えても、国内に電信を整備するような金はない。


 それをなすのは幕府であるから、早く伝えて導入するよう準備をさせろ、ということだ。


 とはいえ、私に伝えに来たのは坂本龍馬だ。


 彼のことだから、江戸にいる勝海舟にも伝えに行っているはずで、敢えて動く必要はないように思える。


 だから、その旨を伝えた。勝海舟が知れば、恐らく私にも何かしら聞いてくるだろうから、自分で伝えに行くのと大きな違いはないだろう。


 しかし、結果としては予想以上に大きな事態へと進展していくことになった。



※藤氏長者……藤原氏全体の代表者のような立場

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