34章・電信構想と日本(山口視点)

第1話 一太、電信制度を尊攘派に説く

 元号が変わり、元治元年となった五月のある日。


 京にいた私は、2人の公卿のクレームを受けることになった。


 相手は三条実美と徳大寺実則。共に尊王攘夷派として知られた公卿である。


 史実であれば三条は八月十八日の政変で長州に追放されているはずであるが、ここではその事件自体がない。なので、普通に公卿として残っている。



 尊攘派のクレームとなると、厄介ごとかと思ったが、内容はそこまでではない。


「殿下が海外のことばかり興味を示されて困っている。もう少し国学も学んでいただきたいので、貴殿からも指導してほしい」


 ということだ。


 皇太子である睦仁は、英国皇太子エドワードと話をして以降、海外のことに興味を強く持つようになった。


 それ自体は問題ないし、むしろそうあってほしいのだが、どうも行き過ぎているところもあるらしい。若者が新しい学問を知ると、急にそっちに嵌りだすようなもので「朝廷の学問は古すぎる。洋学を学ぶべきだ」と内裏でも言っているらしい。


 二千年を超える朝廷の伝統もないがしろにするのは良くない。英国皇太子に引き合わせたおまえも何とかしてくれ、というものだ。


「分かりました。殿下と話をできる際には私からも一言言っておくようにいたします」


 これは相手の言い分がもっともだ。


 天皇という制度が残り続けたのは、この国古来よりの伝統を背負っているからだ。


 仮にそういう部分を全否定してしまうと、東アジアの微妙な国王という扱いになるかもしれない。


「そもそも貴殿も、朝廷に出入りする以上はもう少し、伝統というものを」


 私に対してもクレームが及ぼうかというタイミングで、ちょうど良く沖田がやってきた。


「山口さーん、坂本さんが長崎から来ているよ……、およ?」


 部屋に入った沖田が三条と徳大寺を見て、目を丸くする。


「構わん。先にそちらの話を進めるがよい」


 2人が沖田にそのまま連れてくるように促した。


 ということは、この2人、今日は私に文句を言いたくて仕方ないようだ、やれやれ。



 坂本龍馬は勝海舟の下で、神戸海軍操練所の運営に勤しんでいると聞いていたが、日本とイギリスの関係が良くなったことでイギリスからの情報も重視するようになったらしい。頻繁に長崎に出入しているという。


 現状の坂本は再び土佐を脱藩したお尋ね者であるわけだが、勝の関係者ということで、顔は利くようだ。


 しかし、私のところに来るというのはどういうことだろう。


 ともあれ、沖田が坂本を連れてきた。その表情が大分慌てている。


「山口さんよ、インドにいる燐介からあんた宛に手紙が来ている」


「燐から、手紙?」


 インドからの手紙を坂本に預けるのは、長崎の役人は大丈夫なのかと思ったが、考えてみれば龍馬は燐の親戚だった。あまり不思議ではないのだろう。


 一体、何の手紙だろうと思い、広げてみた。


「何っ!?」


 思わず、大声が出てしまった。



『山口へ。

 今、俺はインドにいるんだけど、ビルマのコンバウン王国との兼ね合いで大きな動きがある。

 この国は俺が予想していたより近代化に向けて動いている。ただ、歴史的にはこの国はイギリスに制圧されたはずだ。現在、カナウンという皇太子が頑張っているが、多分こいつが不慮の死を遂げるんじゃないかと思っている。

 あと、これは歴史と異なる動きだが、ビルマを通過して香港まで電信を伸ばす試みが近々なされるかもしれない。場合によっては、イギリスから香港・上海までの連絡が一日ちょっとでできるかもしれない。エドワードは長崎まで伸ばすのも悪くないのではないかと言っている。これもどうにかならないだろうか?』



「電信制度……」


 私が茫然と呟いたので、全員が興味をもってきた。


「おい、一太よ。でんしんとは何なのだ?」


 徳大寺が尋ねてきた。


「ははっ、電信と申しますのは、例えばこの京から江戸まで、短い連絡事を二刻、三刻ほどで伝えるものでございます」


「何!? 京から江戸までを二刻だと!?」


 2人とも驚いて立ち上がった。


「そんな馬鹿なことがあるものか!」


「いいえ、残念ながら本当なのでございます。イギリスという国は、世界中にこの電信を繋いでおりまして、ゆえに世界中の情報をいち早く知ることができるのです」


「……へぇ、今はイギリスにはそんなものもあるんだ」


 共にイギリスとフランスを歩いた沖田も驚いている。確かに、沖田と共に海外を回った頃はまだ電信制度が広がっていなかった。電報などを直接目にすることはなかったのかもしれない。


「それだけではない。離れたところにいても話ができるような道具も、考えられている」


 アレクサンダー・ベルが電話を発明するのは1876年だ。決して遠い先のことではない。


「つまり、長崎にその電信なるものがやってくるのか?」


「そのうちにやってくるのではないかと思います。それに道具自体はイギリスにはありますので、持ってきてもらえればこの日ノ本で整備することも可能かと」


「むむむ、そんなものが長崎から江戸に繋がるようになると、我々朝廷は完全に置いていかれるではないか?」


「まあ、そうかも……」


 電信の有無にかかわらず、江戸時代を通じて朝廷はほとんど置いていかれていたのだが……


「それは由々しき事態だ。何者かを派遣させるゆえ、もし本物なのであれば京にも用意せねばならぬ」


「……」



 なるほど。


 尊攘派の公卿も、情報がいち早く伝わることの重要さは理解している。


 電信が本物なのであれば、京にもつながなければならないという危機感をもったようだ。


「そうですね。この件について、一度朝廷と幕府が話をした方が良いかもしれませんね」


 この危機感をうまく利用できれば、尊攘派公卿を更に妥協させることができそうな気がしてきた。

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