第13話 インドを後に

 3か月ほどインドに滞在して、エドワードと共にインドを離れる日がやってきた。


 エドワードは直接ビルマに行くことはなかったが、「期待している」という旨の書簡を送った。


 これでエドワードとしては十分だろうが、どうにも不安は消えない。


 もっとも、それなら俺が何かできるというわけでもない。


 となると、日本に行動を起こしてもらうしかない。


 電信に関する報告に続いて、ビルマ皇太子に関することも山口に知らせることにした。


 あいつなら、コンバウン王国の末路も知っているかもしれないし、より適切な対処ができるだろう。電信事業も絡むとなれば、岩崎弥太郎なり渋沢栄一といった後のビジネスマンとの接点も作れるだろうし、な。



 日本への手紙を送った翌日、共にカルカッタを出て西へと向かった。


 インドでの滞在期間中、カルカッタの有力者と会い、ヒンズー改革運動の人達と会い、更に後のタタ社を作るだろうビジネスマンと会い、電信を繋げるロイターの人達とも会うことができ、ビルマで近代化を目指す皇太子と会うこともできた。


 総じて悪くない滞在だったのではないだろうか。


「リンスケはこの後、ギリシャに行くのか?」


 エドワードが尋ねてきた。


「まあ、そうなると思う」


 電信の話もあるし、俺はギリシャ代表としても行動していたから、国王のゲオルギオスにアジア情勢を伝える必要もある。オリンピックもそうだが、結局は国王がゴーサインを出してくれないことにはやりづらいところもあるからな。


「その上で国王から何かやってくれと言われて、俺が出来ることならそれに関して動くと思うし、そうじゃないならイギリスに戻るかもしれない」


「そうか」


 エドワードも頷いて、おもむろに聞いてきた。


「ぶっちゃけギリシャ国王ってどうなん?」


「いや、どうなん、と言われてもなぁ」


 まさかそんな問いが来るとは思わなかったので、回答がしどろもどろになる。エドワードにとっては妻の弟だから義弟にあたるわけだが、実際に会ったり話したりしたことは少ないのかもしれない。


「……ギリシャを強くするぜ~って意識が強すぎる気はするけど、問題はないと思うな」


「そうか……」


 何やら面白くなさそうに見える。


「何か不満なのか?」


「いや、ヴィルヘルム……じゃなくてゲオルギオスか、そいつには特に何もないんだけどさ」


「ということは、王妃に何かあるのか?」


 ゲオルギオスはエドワードの妻アレクサンドラの弟だ。本人に文句はないけど、何か不満があるということは、それはつまり王妃に対する不満ということだろう。


「ある。大ありだ」


 エドワードが強い決意をにじませた顔で頷くから、一瞬ぎょっとなる。


「な、何か問題があるのか?」


「アレクサンドラは、首のあたりにデカイ痣があるんだ」


「そうなのか……」


「そんな女がイギリス王妃だなんて、おかしくないか?」


「……」


 俺はふっとインド洋を見た。


 こいつを海に突き落とそうかと一瞬思ったことを、否定しない。


「そんな女に、俺が束縛されるのは間違っていると思うんだ」


「そんなことを言うけど、おまえ、手にほくろがあるとか、左利きだとかそういう理由でも浮気の理由にするんじゃないのか?」


「それはそうだよ、将来のイギリス王妃だぜ?」


「おまえなぁ……」


 イラッとなる会話だが、同時に考えることでもある。


「じゃあ、おまえはどういう女がイギリス王妃にふさわしいと思うんだ?」



 女性関係に問題のある男というのは、幼少時に母親との関係が適切でなかったケースが多いという。


 エドワードと母親の関係は確かによろしくない。


 つまり、エドワードの女性問題は母親であるヴィクトリア女王に影響されている可能性があり、こいつの好みもそれに影響されている可能性が高い。


 その影響というのも、二通り考えられる。つまり、母親に隷属したがっていて同じタイプが好きか、あるいは反発していて全く違うタイプが良いか、だ。


 ヴィクトリア女王は背が低い、太っている、というあたりに特徴がある。


 一方、アレクサンドラは長身でスラッとしている。母親と反対のタイプだ。


「そうズバリ聞かれると困るが、王妃は俺のタイプではないんだよなぁ」


 贅沢な。


 ただ、アレクサンドラが好きになれないということは、内心では母親と同じタイプに甘えたいのかもしれない。つまり背が低くて太っているタイプだ。


 でも、そんな王女は、ヨーロッパを探してもいないよな……


 ヨーロッパ一の美女と言われているアレクサンドラ、オーストリア皇后エリーザベト、元をつけた方がいいかもしれないけどフランス皇后ウージェーヌは全員長身だ。


 モードを作るトップレディがことごとく長身モデル体型だから、女子は全員そこを目指す。となると、エドワードの好みのタイプはいない。


 いや、待てよ、背が低い方が良いということは、ひょっとしたら日本の女子とかの方が合うのか?


 アブデュルハミトも中野竹子を側室にしたわけだし、意外と日本人合うのか?


 山口は日本からイギリスへの留学生を幕臣、薩摩、長州から集めているはずだが、ひょっとしたら女子も何人か連れてこさせた方が良いのだろうか?



 まあ、どっちにしても、エドワードの女好きという事実を変えることは、俺にはできそうにないということが理解できた。これも山口に投げてみるか。あいつに解決できるかどうかは知らんけど。



 そんなこんなで、1864年の6月、インドを後にした。


 ムガル皇室の末裔とは会えなかったが、まあ、それは後々実現するかもしれないと思っておくことにしよう。

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