第11話 ビルマ領の反乱計画
ビルマの近代化は皇太子カナウンの手によって想像以上に進んでいる。
歴史を知る者からすると、このままうまく行くことはないと分かるが、正直応援したくなってくるほどのものだ。
「殿下、殿下の方針に反対する者はいないのですか?」
最終的には頓挫するのだろうから、反対者がいるのだろう。
日本でも尊王攘夷運動がある。インドで聞いたが東南アジアや中央アジアでも、そうした散発的な反対運動もちょくちょく起きているのだと言う。全ての反乱は、現実を理解していないから、暴れる以上の目的がない。だから1年も経たないうちに鎮圧されてしまうのだが。
「目下、一番気になっているのはラカインのムスリムの動きです」
「ラカインのムスリム?」
ラカインというのはインド(現在のバングラデシュ)との国境近くにあるインド洋沿いの地域だ。
この地域にはかつて仏教とイスラームが融和的に暮らしていた国があったというが、それをコンバウン王国が占領したらしい。
その歴史の関係上、ムスリムが多いのだという。
12年前のイギリスとの戦争で、ビルマは沿岸部を軒並みイギリスに奪われてしまった。
当然、ラカインも奪われたのだが。
「どうも、このあたりのムスリムが反乱計画を企てているというのです」
「イギリスに?」
「はい。そこに我がビルマ領のムスリム達も協力しているということで、これはかなり気になっております」
「それはまずいね」
そう答えたものの、この話は簡単に信じて良い話でもないような気がする。
21世紀の現代でも、ビルマでは仏教徒とイスラームが相争っている。どちらが良い悪いというわけではなく、単純に解決しがたいところまで対立していると言って良い。
その原因がこの19世紀にある可能性もある。
他ならぬカナウンが自ら言ったように、ラカインに元々いた人達は宗教の違いに関わらずそれほど敵対していなかった。それを仏教傾向の強いコンバウン王国が占領して差別するようになってしまい、更にイギリスが占領したことで対立に拍車がかかったわけだ。
コンバウン王国のイスラーム嫌いが根底にあるように思えてならない。
だからといって、放置しておくべきかというとそうとも言えない。
過信は禁物だが、反乱計画そのものがないとは言えない。
ラングーンから消えてしまったムガル帝国皇帝の子孫たちの存在が引っ掛かるからだ。どう見ても不遇な彼らがイギリス支配に満足しているはずがない。
また、仮にラカインのムスリムが反乱を起こすのなら、名目的な代表としてムガル皇室に連なる者を連れ出す可能性もある。
ビルマで反乱が起きた場合、それがイギリス支配の場所であってもコンバウン王国は関与を疑われることになる。黒と判断されれば、一気に滅亡へと追い込まれるかもしれない。
反乱計画ともなると、首を突っ込むにも勇気がいるが、様子だけは見ておいても良いかもしれない。
「いやいや、ちょっと待て!」
と思ったら、マルクスが反対してきた。
「反乱なんて恐ろしいところに首を突っ込むなど吾輩はご免だぞ! どんな危険な目に遭うか分からぬではないか!」
「いや、あんた……革命を起こしたいんじゃなかったのか?」
「馬鹿者! それはヨーロッパでの話だ! ここアジアは宗教も考えることも全く違う! こんなところで吾輩の思想は受け入れられん!」
この臆病者はどうにも使い物にならないようだ。
「アフガーニー、あんたはどうなんだ?」
「……止めるべきだとは思う。インドですら勝てなかったのに、ビルマの一地方で反乱を起こして勝てるはずがない。しかし、我々が行っても止めることはできないだろう」
うーん、まあ、そうだなぁ。
イスラームと関係があるのはアフガーニーだけ。しかも、俺達のイギリス皇太子と仲が良いというのは、反乱を起こす側には非常に都合が悪い。
中々難しいな。ビルマの皇太子の意見を全面的に信用するのは、民族対立に加担してしまう危険性もあるが、置いておくわけにもいかない。
「……一度カルカッタに戻り、皇太子に話を通しておくのが良いだろう」
「エドワードにか。確かにそうかもしれないな」
ビルマの皇太子から反乱計画らしいものがあるという話があったと伝えておくことで、仮に反乱が起きたとしてもビルマが加担していたわけではないとエドワードから証言してもらうことができる。
で、エドワードなら一気に軍を導入ということもないから、この機に鎮圧ということもない。
うまい具合に収めることができる。
そのうえで、できればイギリス軍の支援を受けて、ムガル皇帝の息子たちが関与していないか調べてみるのが良いだろうな。
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