第10話 近代化を目指すコンバウン王室

 マンダレーは非常に新しい街だ。


 ほんの10年前まで、このあたりには小さな町があっただけだという。


 ところがこの地に偉大な街が現れるという伝説があったらしく、それを新国王が実現させようと建設に乗り出したという。


 建設されはじめて5、6年ではあるが、そこは痛めつけられても一国家事業。


 立派な王宮やら寺院が既に立ち並んでいる。



 その王宮にイネさんとともに入った。


 タイの外交使節ということは分かっているようで、すんなりと通される。


「燐介、この建物の中はね。英語しか話せないのよ」


「へぇ……」


 当然だが、イネさん以外のほとんどの人はビルマ語で話をしている。英語が出来る者もいるが、全員というわけではない。


 しかし、この建物の中は英語以外で話すと無視されるという。


 現代日本の外資系企業みたいだな。



 中に入ると、多くの人が筆記作業をしている。


「何をしているんですか?」


「この国に伝わっている仏典を、今風に再編している、というところかしら?」


 ビルマは仏教大国で、多くの仏典が残されている。


 それらは多くの人の思想に影響している、ビルマにとっては非常に重要なものではあるのだが同時に古い発想であることも確かだ。


 だから、近代思想ともマッチするような編訳をしているのだという。


「司法やその他も急ピッチでイギリスやフランス向けに直されているし、何よりこの10年で200人近い人がイギリスやフランス、イタリアに留学しているのよ」


「何だって!?」


 それは凄いな。


 日本は今回、100人くらい送るということで意気込んでいるが、その倍を送っているということか。



 イネさんはその責任者にも会わせてくれた。


「殿下、この人はリンスケ・ミヤジと言いまして、イギリスでもっとも活躍している日本人です。燐介、こちらの方は皇太子のカナウン殿下」


 と、紹介してくれたのは、細身の人のよさそうな人物だった。


 ミンドン王の弟で皇太子にあたるカナウンという人物らしい。見た感じだと30前後かと思ったが40を過ぎているという。


 俺がイギリスのことをよく知っているということで、たちまちカナウンは興味を向けてきた。


「……貴方の目に、今のビルマはどう見えますか?」


「いや、ここは本当に凄いですね」


 正直、マンダレーの街をじっくり歩いたわけではないので、市民の生活などは分からないが、この建物一帯での近代化に向けての努力は相当なものを感じる。


「……ここは、ということは、他はそうでもないということですね?」


「あ、いや、そういう訳でも……」


 言葉尻を捉えられてしまったと焦ったが、別に怒ったわけではないらしい。


「その通りです。まだまだ変えていかなければなりません。ビルマのような小国は、少しでも妥協しているとすぐに飲み込まれてしまいます。努力をどれだけしても足りないということはありません。軍も、組織も、税制も、教育も、何もかも変えないといけない」


 すごい熱意だ。


 詳しく話を聞くと、ビルマの兵士をイギリス軍に帯同させて色々勉強させることもしているらしい。日本がイギリスの銃を輸入してきて「いえーい。これで国内の戦いに勝てる」と言っている時期に、ここまでビルマが進んでいたというのは予想外だ。


 タイも含めて、イギリスの圧力をダイレクトに受けているところの危機感は違う。


「ビルマは最終的には負けたところだし、何か足りなかったのだろう」と思っていたが、これだけ頑張っていても足りないものがあるというのはかなり不当だ。



 ただ……。


「このプロジェクトを指揮しているのは殿下だけなのですか?」


「私と、国王陛下です」


 カナウンが答える。


 これが恐らく答えなのだろう。


 トップにいる人間達の一味だけでやる場合、その人間達が倒れて更に続く者がいるかという問題がある。


 日本も明治維新後に大久保利通が暗殺され、岩倉具視も暗殺未遂の目に遭っている。


 近代化に反抗する動きも強いこの時代、トップが暗殺されることも十分にありうる。


 カナウンの方針が続くなら、ビルマがイギリスに占領されることはないだろう。


 病気か暗殺かは分からないが、彼が倒れた後、立て直しがつかないままにカナウンの言うような「イギリスへの隙」を与えてしまったのかもしれない。



「殿下に万一のことがあった場合、この方針が今後も続いていくのでしょうか?」


「……私に万一のことですか」


「ご存じだとは思いますが、イギリスは国王が動かしているものはそれほど多くありません」


 それどころか、ヴィクトリア女王は夫が死んでからしばらくニート状態だったからな。


「しかし、かの国には政府があり、首相や外相が国を動かしております。首相も個人ではなく、政党というグループで行動しています」


 だから、例えば個人が死んだから全てが終わりということはない。



 仮にビルマの歴史を変えられるとすれば、この問題の無いカナウンの路線を引き継げる者が王室にいるか、に尽きるのではないだろうか。




※カナウンは1866年に国王の息子がクーデターを起こした際に殺され、以降改革路線は停滞し、ミンドンの後のティーボー王時代に滅亡することになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る