第16話 島津首脳との会談


 坊津湊に着くと、見覚えのある人物と威厳のありそうな人の2人がいた。


 大久保と西郷が「大殿!?」と驚いているから、島津久光のようだ。となると、隣にいるのは小松帯刀だろう。


 直々に出迎えかと思ったが、よくよく考えたら薩摩藩が100パーセント信用できるわけでもない。ホイホイと陸に降りたところを襲撃して、攫っていく可能性だってある。


 無用な疑念を招きたくないということで直々に来たのだろう。



 船は湊に泊まった。久光と小松が俺たちを見上げている。


「乗り込んで良いか?」


 島津久光が尋ねてきた。


 船の者とエドワードに伝えるが、さすがに今の言葉は通訳を入れなくても雰囲気で伝わったようだ。


「ふぅむ、船の中が見たいのかな」


 エドワードが言った。


 確かに最新鋭のイギリス船、中を見たいというのはありうることだ。


 久光も小松も技術者というわけではないから、見られて即困るということもないだろうが、友好関係が確立されたわけではない間柄、どうなるか。


「構わないぞ」


 エドワードが答えた。


 接岸すると、すぐに2人して乗り込んできた。


 こうなるとイギリス側が2人を人質にすることも可能なのに大した度胸だ。


 逆に言うと、島津側のイギリス重視姿勢が伺えるとも言えよう。



 船の甲板に即席の会談席が設けられた。


 2人を皮切りに全員が腰掛ける。


「島津久光である」


 と、名乗りをあげた。


「薩摩国主の父だ」


 というところからは、自分をさらっても薩摩の機能は停止しないという意思表示なのだろう。


 伝えるとエドワードも続く。名前を名乗って、「イギリス女王の息子だ」と付け加えた。



 両者が名乗ったところで、小松が書状を差し出した。


 開いたところ、日本語と英語併記で書かれてある。


 中身は生麦事件の実行者についてのことらしい。


 生麦事件は、島津久光の了解を得て行われたが、さすがのイギリスも「島津久光を処罰せよ」とは言えない。ただ、直接斬り殺した者については処罰か引渡しを求めている。


 それに対する薩摩の回答だ。すなわち、当該首謀者は2人いたが、共にこの間のイギリスによる砲撃で死んだのだという。故にその者の遺髪と刀については渡せる、と。


 中々虫の良い話にも思えるが、小松が言うには「2人とも責任を感じており、死を覚悟して危険な場所を守った故のことだ」と。


 ありえるかもしれないが、俺が決めることではない。エドワードとイギリス海軍が決めることだ。



 エドワードは大ごとにしないことにしたらしい。


「了解した。その旨で本国に伝える」


 小松に訳すと、安堵の息を吐いた。


「薩摩は、幕府共々開国に向けて邁進していきたいと思っています。既に山口殿から話を受けておりましたが、薩摩から50人をイギリスに派遣し、色々学ばせたいと思っております」


 と言って、また書面を出した。


 留学させる予定の者の名簿のようだ。


「イギリスの許可がありましたら、明日にでも出国できる準備ができております」


 という言葉に、エドワードが「早っ」と呟いた。ふぁだ、イギリスでも受け入れることを決めているから、エドワードも特に難色は示さない。


「では、香港や上海の英国船と連絡をとって、幕府とも話をしたうえで早めに受け入れることとしましょう」


「ちょ、ちょっと待たれよ」


 そこに異論を唱えた者がある。伊藤俊輔だ。


「イギリスへの留学は、多くの国から募る者と聞いております。薩摩の方々のみ抜け駆けするということは感心できません」


 伊藤は、薩摩の言い分が認められれば、長州が薩摩に後れをとると思ったようだ。


 朝廷・幕府・有力大名がイギリスとの友好を選んだ。となると、これからの日本は西洋事情や技術をいち早く取り入れたところが有利になる。


 その鍔迫り合いが早くも始まったということだ。



 何かにつけて対立するのは勘弁してほしいが、一歩でも先んじようという意識そのものは悪くないことだろう。


 それだけ、日本の近代化が進むのだから。



 日本の方針として、次の段階へ進むということははっきり分かった。


 エドワードの訪日は満足のいく結果に終わったと見ていいだろう。

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