第15話 薩英会談へ②
大久保と西郷を連れて英国軍船に戻ったところ、予期せぬ話が出て来た。
大久保が西郷を燐に同道させるよう頼んでいるのだ。
ただ、現状なら分かることではある。
西郷隆盛は島津久光に嫌われていて、何度も流罪処分に処せられている。
そこから復帰できたのは、小松は大久保の評価もあったのだが、何より時代が西郷隆盛を必要としていたからだ。倒幕に向けての薩長同盟、更には幕府との戦争という難事は隆盛なくしては出来ないことだったと言って良い。
しかし、この世界線では、薩長同盟や幕府との戦争はおそらく生じない。この後、幕府主導で大政奉還が行われ、その後は朝廷と大名たちが協力して国民国家への変貌を遂げることになるはずだ。
時代がそのような展開をたどるとなれば、西郷が必要とされることは恐らくない。
そして時代に必要とされない以上、島津久光と不仲の西郷は今後、史実以上に生きづらくなっていくだろう。
本人も大久保もそうしたところは鋭く気づく能力を持っている。
だから、西郷の力がより求められるのは海外ではないか、という自発的な軌道修正をしようとしているのは理解できる。
理解できるのだが、それが燐にとってプラスとなるかというと、また別問題だ。
参ったなぁという顔をして、髪を掻いている。
「うーん、ただ、言葉などの問題があるよね?」
「それは心配ご無用……とまでは言えないが、流罪となっている間、外国語の勉強もしていた。しばらくは世話になるかもしれないが、挨拶くらいならできる」
西郷は自信ありげに言った。
外国語を勉強しているというのは驚いた。歴史が変わって、こうしたところに変更が生じているのだろうか。
「……それなら、俺が反対する理由はないけど、正直、西郷さんみたいな人にはよく分からない仕事だと思うよ」
「それも心配無用。地道な情報活動などは得意なところであるゆえ」
「そこまで言うのなら……」
と言いつつ、燐もさすがに不安になったのだろう。
私のところに近づいてきた。
「山口、どうすれば良いと思う?」
「個人的には良いのではないかと思うが?」
私は先ほどから考えたことを、燐にそのままに伝えた。
実際の歴史との対比は燐にもできるから、なるほどと腕組みして頷いている。
「つまり、西郷はこのままだと早い段階で負け組になる。そうなる前に軌道転換ということか」
「恐らくは……」
「ただ、俺も戦争とかするつもりはないんだが、どう使えば良いんだ? 情報活動が得意と言っても、21世紀のオリンピック招致でもないし、イギリスが揃えてくれる以上の情報が必要とも思わないんだが」
そのうえで少し考え、渋い顔をする。
「下手にギリシャに連れていったら、ギリシャ軍司令官になって、バルカンで戦争を始めるかもしれないが」
「だったら、イギリスで活動させれば良いのではないか?」
「イギリスで活動って、マルクスあたりと一緒になったら余計にややこしくならないか?」
「むむ」
この指摘には頷かざるを得ない。
確かに西郷隆盛も革命家というような印象がある。
理論が先走るマルクスに、軍を指揮することのできる西郷がいて、更にエンゲルスと組んだら……。
「……それはまずいかもしれないな」
「だろ?」
それこそ、この6年後には普仏戦争でナポレオン3世がプロイセンに敗れることで、パリで労働者集団が政権を握ることになる。パリ・コミューンだ。
史実では2か月ちょっとで鎮圧されることになったが、マルクスと西郷が参加すればもっと厄介なことになるかもしれない。
「……とりあえずこれからしばらくの間考えてみるよ」
結局、燐は曖昧な答えを返すことにした。
島津久光との面会で行き来する時間の間に、西郷隆盛が必要かどうかを考えるつもりのようだ。
2人もそれに反対はしない。さすがにいきなり一緒に行動したいと言って、それが認められることがないことは理解していたのだろう。
船は坊津に向けて進路を変えた。
とはいっても、鹿児島からそれほど離れているわけではない。
数時間もあれば到達するだろう。
エドワードと薩摩との間でどのような話がされることになるのか。
イギリス艦隊に砲撃され、その強さを経験した薩摩だけに、より具体的な要望も出て来るだろう。
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