第14話 薩英会談へ

 皇太子との会談も無事に終わった。


 あと、行くところとなると?


「一応、薩摩にも立ち寄りたいのですが、いかがでしょうか?」


 山口がやや遠慮がちに言う。


 まあ、遠慮がちになるのも無理はない。薩摩といえば、つい先日砲撃していたと言うからな。


 相手がどう考えているか分からないし、


「日本に次回が来るかどうか分からないからな、どこへでも行くさ」


 エドワードは割とノリノリだ。


 確かにイギリス皇太子が日本に来るなんて、まず無いだろう。そういう意味では、本人もできるだけの場所に行きたいのはあるだろうな。


「日本で風光明媚というと、やはり富士山かな。あとは日本三景か」


 富士山は江戸からちょっとだけ見たけれども、甲斐や駿河から見る方が凄そうではある。


 日本三景は……正直地中海の色鮮やかな光景と比べるとちょっと侘び寂びが効きすぎていて、イギリス人には物足りないかもしれない。



 ま、とりあえず大坂から船に乗り、薩摩へ向かうことにした。


「着いたら、私が使節として様子を探ってくる」


 と、山口が言う。


「良いけど、おまえ、鹿児島弁分かるの?」


「思い切り話されると分からないが、一応、私と話す時には気を遣って向こうもこちらに分かる言葉にしてくれる」


 もちろん、都合の悪い話は別だがな、と山口は笑った。


 そういえば、本当かどうかは知らないけど、薩摩弁がややこしいのは江戸からの密偵が意味を分からないようにするため、なんて話もあるよな。


「小松帯刀や大久保一蔵とは面識があるから、行けば話くらいはしてくれるだろう」


「……おまえ、日本中の要人知っているんだな」


 松平容保はじめ新選組を全員知っているわ(これは俺の影響が大きいが)、桂小五郎はじめ長州藩も押さえているわ、薩摩の面々も大体知っているとなれば、誰を知らないんだと突っ込みたくなる。


「そうは言うが日本だからな。おまえみたいに世界の王族皇族に知り合いがあるなんていう方が化け物染みている」


 言われてみれば。



 英国海軍の船だから、鹿児島までもすぐだ。


 早速、小舟を出して山口と勝海舟らが鹿児島城の方へと向かっていった。


 返事が戻ってくるまでの間、俺達は待つことになるが、そうなるとこいつらがやかましい。


「おぉぉ、リンスケ! 何なのだ? あの煙を出している山は!?」


 と驚いているのはマルクスだ。


 確かに、ヨーロッパ本土では火山は珍しいかもしれないな。


 ローマ帝国の時代にベスビオ火山が噴火したが、他は聞かないし。アイスランドは火山島だが、あんなところまで行くことはないだろうからな。


 火山というのはエネルギーを溜めて、それが時々爆発して噴火するのだと説明すると、何故か大喜びしている。


「何ということだ。まさに吾輩が想定している革命ではないか!」


 溜まりにたまった民衆のエネルギーが革命として噴火を起こし、階級を覆す様子を想像しているらしい。まあ、火山に似ていると言えば似ている。



 相手をしていても仕方ないが、他にやることもないのでマルクスやアフガーニーと話をしているうちに、半日ほどで舟が戻ってきた。


 いや、もう一隻小舟がついている。


 いかにも、という偉そうな服を着た男が二人乗っていた。


 というか、もしかして、あのうちの1人って大久保利通じゃないか? 今は大久保一蔵だっけ。



 実際その通りだった。


 乗り込んできたのは大久保一蔵だ。その隣にいるハンサムな相撲取りみたいなのは誰だ?


 と思ったら、西郷隆盛とか言い出すじゃないか。上野公園の銅像と全然違うぞ?


 という驚きを他所に、大久保が場をとりしきる。


「はるばる薩摩までお越しいただきまして、真にありがとうございます」


 そう言って、エドワードに向かって頭を下げる。


 確かに普通に分かる言葉だわ。ちょっとだけ訛りはあるけれども。


「大殿が是非にお会いしたいとのことなのですが、鹿児島に異国船が上陸すると不慮の事態を引き起こす可能性がございます」


 ということで、近くの坊津まで来てほしいという。


 坊津は南九州最大の港だったが、長崎の登場により衰退していて、今は小さな港になっているという。ただ、それだけに外国船が来ても大事にはならないだろうということだ。


「既に大殿も小松様とともにそちらに向かわれております」


 大殿というのは、島津久光のことだ。


 薩摩で一番偉いというと島津久光のイメージだが、実際には久光は藩主になったわけではない。紆余曲折あって藩主にはなれず、藩主である茂久の父として実権を握っているというわけだ。


 早い話が社長の上に、社長未経験だけど会長がいるようなものだろう。



 島津久光が何を考えているのかは分からないが、ひとまず会うというのなら会った方が良いだろう。ということで海軍が坊津に向かうことになる。


 その途中、大久保が俺に話しかけてきた。


「おまえが宮地燐介だか? いきなりの不躾は承知しているが、一つ頼みたいことがある。聞いてもらえないだろうか?」


「……何だ?」


 明治の元勲でとてつもない辣腕を振るった大久保利通からの頼み。


 厄介そうだが、何も聞かずに断るのも失礼だろう。


「俺と一緒にきた西郷……あいつを連れていってくれないだろうか?」



 はあ?


 西郷隆盛を連れていく?



作者注:尚、ヨーロッパ大陸だとシチリア島のエトナ火山が1852年に噴火したという記録があるようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る